2006年7月11日 (火)

一筋の光

・・◎・・◎・・◎・・本文の前にお知らせです・・◎・・◎・・◎・・

 7月11日14時~7月13日14時までサーバーメンテナンス
 のため管理画面に入れなくなるそうなので、この間またまた
 ブログの更新ができません><
 これで改善されることを期待して、そしたら更新もまたがんばり
 ますのでよろしくお願いします。

・・◎・・◎・・◎・・◎・・◎・・◎・・◎・・◎・・◎・・◎・・◎・・◎・・

     

0607111150_shinsatu 昨日整形外科の定期受診日だった私。

同じ整形外科だが、午前は膝専門外来で午後は足関節(足首)専門外来の一日がかりの受診だ。

来週月曜日が祝日なので予想通り外来は混んでいた。

今日もあまり話せないかも・・・
といってもう慢性的な症状が固まった障害という病状なので
そうそう話すこともないけれど。
元看護師としては、簡潔にこの6ヶ月の中での様子を報告すれば
いいだけだ。

症状の波はあるものの、おおむね落ち着いていた。
鎮痛剤は1~2錠/日だったのが、0~1/日になりつつあるし、
朝は足首の腫れが引いている日も出てきた。
悪い事といえば、膝がさらに固まってますます歩きにくくなった
感じがするようになったこと。
実際すごく歩行に時間がかかるようになった。

        

そんなことを報告。

    

そうしたら今日は忙しいにもかかわらず先生はいろいろ話をして
くれた。

膝は「関節の拘縮」というよりは、それよりさらに硬い段階の
「強直」状態であるということ。
しかし固まり方としてはいい位置に固まったので痛みが抑えられ
やすいと思われること。

そして先生自身はこのままいければいいと考えているが、他院
にはここまで固まった膝関節でも積極的に人工関節手術を行う
方針の専門医もいることはいる、ということ

           

ほぉーー!!いるんですかーー!!

               

後は人工関節手術に伴うリスク(危険)生活のレベルについて
の私自身の考え方が何を優先させるかという決断にかかって
くるそうだ。

   

人工関節の最大のリスクは感染だ。
自分の駄目になった関節を取り除き、人工物を体内に埋め込む。
感染にやられると骨は最悪溶けてしまう。

手術室勤務時代を思い出すと、整形外科の手術はこの感染に
対して非常に神経を使っていて、クリーンルームという一般の
手術室よりさらに無菌に近い特別な部屋を使ったりしていた。
マスクも帽子もさらに滅菌されたものを2重に装着し、目しか
出てない不気味なイデタチ・・・
それだけ細心の注意を払っていても、感染や異物反応を起こして
人工物を受け入れられない人もいる。

整形外科病棟の経験がない私でも、感染を起こしてしまって
自分の骨が駄目になり人工物も感染が治まるまで入れられず、
長い間ベット上の生活で、毎日洗浄等の処置をしながら入院生活
を送っている患者さんを何例かみた。

 

私の主治医の先生が何故その方針ではないかというと、長い年月
をかけて、やっと炎症という名の山火事が治まり、不自由さはある
ものの痛みも落ち着いて日常生活が今はそれなりにできている。
だから人工関節を入れるという行為は、やっと治まった山火事の
後にマッチを入れるようなものだと考えているそうだ。

何も起こらず人工関節がぴったり合えば、生活の質は劇的に
変わるかもしれないけれど、逆の場合もあり得るそうだ。

                 

そんな説明を丁寧にしてくれた。

結局どちらにせよ急いで結論を出すべき問題ではないのでゆっくり
考えることにした。

どういう結論を出すにせよ、人工関節の可能性もないことはない
という現実的な新たな光が見えただけでも嬉しかった。         

                    

午前中の診察を終えて少し夢をみていた私。
旅行や買い物やまた活動が増える可能性があるというだけで
楽しみが増える。

                 

午後は足首のレントゲンを撮ってから診察。

「前と変わってないね。3箇所軟骨なくなってるまま。
出かける範囲を増やそうとか、活動を広げようなんて
くれぐれも思っちゃ駄目だよ」

                     

そうですか・・・
足首はやっぱりその方針なんですね・・・・・
性格まで見透かされたようなクギをさされてしまった・・・

             

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2006年6月 7日 (水)

最後の失業給付金

今日は最後の失業給付認定日。
半端な7日分の給付金の認定日。
でもこれでいよいよお墨付きの無職になった感がある。

定年退職して職種も肩書きも社会でのポジションもなくなった
お父さん達のような、そんな気持ち。たぶん。

                                 

「働かざるもの食うべからず」

私が社会人でがむしゃらに働いていた頃の基本理念。
子供の頃から早く大人になって自立したいと思っていた。
だから自分の食い扶持は自分で稼ぐというのが当たり前の
感覚だった。

結婚して新潟から東京へ転居。長いこと勤めた病院を退職。
もう少し時間に余裕のある生活をしたかったのでパート勤務を
選んだけれど、生活費に関しては二人で稼げばいいというのが
私の考えだった。

夫や妻の役割なんてどうでもいい。
協力し合って二人でやっていければいい。
働ける身体があるなら働けばいい、そんな感じ。 

                                            

地元新潟の病院を退職する最後の日、手術室の忘年会の席で
長い付き合いの眼科の医師(先生)からこう言われた。

「変な意味ではなくて言うんだけれど、さこちゃんホント結婚して
よかったよ。これで一生面倒みてくれる人ができたんだから。」

私が足を悪くしていて、しかもいい年なのにいつまでも独身を
謳歌しているのが実は心配だったらしい。

先生はその数年前に若くして奥様を病気で亡くしていた。
まだ小さい子供も二人いて、再婚しようと思えばできそうなのに
なかなか再婚する様子もなかった。
ある休日に科学館に向かう先生の車を偶然見つけた時、後部
座席の子供と楽しそうに会話しているのを見た事があった。

他の人から同じ事を言われたら「面倒をみてもらう為に結婚した
んじゃない」と反発していたけれど、そんな先生の言葉だから
何だかしみじみと聞き入ってしまった。

素直に聞いていたけれど、本音を言えばそういう感覚はやっぱり
正直なかった。                            

でも・・・・
今は本当に先生が言った通りになってしまったんだなぁと思う。                                

                                       

将来オットが何らかの事情で仕事ができなくなったり、しばらく
休むような事になった時、
「いいよ、いいよ。私が働くからさー」

そんな風に言えなくなった自分がツライ。
家事も立派な役目だと思うし、専業主婦だって胸を張っていい
けれど、養ってもらっている状況にいる自分のポジションが嫌。

                                   

いつか慣れるんだろうか。
(まだ諦めてないけれど。)                                          

                                    

中途半端な7日分の失業給付金は私のおこづかいにしていいよ
と言ってくれたので、帰りにさっそく夏用のパンツを奮発して2本
購入してみたものの、気分はさっぱり晴れなかった・・・

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2006年5月29日 (月)

幹事の特権

最近、足の調子はまずまずだ。
昨日スーパーの焼き鳥コーナーの前で、床にこぼれていた
タレの上で杖が滑って危うく転ぶところだった。
今、調子いいんだから、ヤメテーー!
すごくドキドキした。

梅雨前で暑すぎずのどかな季節。気圧の大きな変動も一段落
しているこんな季節が活動にもってこいの季節。     

                    

昔から旅行好きの私としては、旅行の虫がウズウズする季節。
幸いオットの忙しさも若干落ち着いてきたので、久しぶりに1泊
の旅行なら可能みたい。最近の旅行といえば、あまり長い距離
を歩けなくなった私に合わせて、ドアtoドアで露天風呂付の
部屋にこもりきりで翌朝帰る、みたいな旅行パターンが定番だ。
元々二人とも癒しがテーマで来ているのと、出たトコ勝負と
いうか適当主義なので
「この後どこか見て回る?」
「別に、いいかな。」
「じゃ、帰るか。」
となる。

今からこんなで年寄りクサイ・・・・

それでも、それは毎回でもなく、それなりに通りすがりの牧場
に寄り道してぼぉ~っと過ごして帰ることもあるし、少し離れた
観光スポットに寄ることもあるのでいつも老人パターンという
わけではない。              

ドアtoドアの巣ごもりのような温泉旅行も好きだけど、今回は
「ちゃんとした旅行」がしたいというのが密かに抱いている私の
野望。温泉行って来た~だけでなく、○○を見てきたという
イベント付きというか、イベント主体で温泉付きという旅行。

そういう野望があると旅行の幹事も快くやる気満々になる。                  

                         

最近、友達とご飯を食べるにしても、こんな風に旅行をするに
しても幹事というかお店を決めたり集合場所を決めたり、プラン
をコーディネートすることが多い。
昔も元々幹事役をすることが多かったが、ある時からすごく
億劫になってやりたくなくなった。別に原因はないけど、ただ
面倒くさい気持ちの方が勝ってしまったからだと思う。                  

今は思うに、身体が不自由だったり事情を考慮して欲しい
側がコーディネートをするのが当然だし自然だと実感して
いる。
やはり細かい部分は本人でないとわからない希望・要望が
あるからで、逆に「手続きとか申し込みとか大変じゃない?
幹事やるよ」と言ってくれたとしてもやっぱり引き受けた方は
悩むと思うし、これで大丈夫かなとわからないこともあると思う。

配慮される側が調べて考える。お店や旅館や待ち合わせ場所、
交通手段、イベントを考える。
障害や不便があると、何かにつけて健康な人にやってもらった
方がいいのではという感覚がお互いにあると思うけれど、
イベントごとの幹事に関しては、障害がある側が引き受ける
べきと思う。

              

そんなわけで、午後からずっとネットや旅行本と向き合っている。
一応オットが行きたいと言った場所も盛り込むけれど、その他に
関しては思い切り自分好みのプランを立てようとしている私。             

             

いいんです。
それが幹事の特権なのですから!                         

    

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2006年5月23日 (火)

カウントダウンな性格

あぁ、あれが自分の性格を変える(影響した)転機だったなぁと
いう出来事はありますか?

私の場合は中学2年の転校と看護学校の実習期間と今現在。
転校では無表情に磨きをかけたし、実習では泣き虫になった。
そして今は焦り性っていうんだろうか。                         

                                                                

私生活に関しては割とマイペースでゆるゆるだけど、仕事に
関してはきっちり真面目にしたいタイプ。テキパキ・バリバリと
仕事をこなす自分でありたい。                                  

就職当時私は出来の悪い新人だった。
でもいい先輩いい同期に囲まれていろいろ揉まれて失敗して
経験を積む中で思った。
職場の人間関係とは仕事が土台になっている人間関係なの
だから、いい関係を築く為には仕事ができる人にならないと
いけない。
看護師はチームワークの必要な仕事なので、どんなにいい人
でも仕事が出来なければ本当にいい人間関係は築けない。
そんな経験を得たので、仕事はきちんとこなしたいという思い
がある。
自分ひとりに関する事柄はそうでもないけど、人(友人やオット
の家族やオット関係の人)が関わることとなると、そういう仕事
モードの方の自分が出てくる。

まぁ他人から良く思われたいだけなのかも。というか、自分を
認めて欲しい欲求が強いのかも。あと迷惑とか嫌な思いを与え
たくないとか。
根っこからきっちりしている訳ではないから、最初はスロースタート
で後で猛烈にダッシュして結果ソツなくこなしましたというスタイル。                   

                     

                 

これが足を悪くしてから、何かにつけて私のこの活動スタイルの
足を引っ張る。
何かの準備。ある期限までの買出し。ある期限までにしておき
たい、片付けてしまいたいこと。
そういうこと(課題)ができた時、今までのようなダッシュがきかない。
溜めておいてノリや気合で一気にするってことができなくなった。                  

                  

一気にやりたい、でもできない。
いいんじゃないの、できる範囲ってことで。
でも、きっちりしたい。

で、そのジレンマに対応するべく自分の性格が少し変わって
きたような気がする。             

カウントダウンな態勢。
何だか、焦り易くなったみたい。 
イベントのある日が近づくにつれ、その日に焦点を合わせて
やりたいことが溢れてくる感じ。                                           

                 

明後日久しぶりに地元の友人が我が家にやって来る。
彼女とは高校の部活で仲間になり、クラスも一緒。
その後の看護学校も臨床実習も同じで就職した病院も一緒。
思えば長いつきあいだ。

すごく楽しみだし、以前オットの職場の人達が大勢で遊びに
来るとか業者の人が家の中の点検をしに来るって時と違って
全然焦っても緊張もしていないはずなのに、昨日も台所の
お掃除にハマッて、ここも磨きたいここも綺麗にしたいってことが
次から次へと出てきた。
オットにも頑張りすぎると止められてはいる。
「いいんじゃないの。友達なんだから、ちょっとくらいちらかって
いても。台所綺麗になったし充分でしょ」

                                     

・・・わかっているの

・・・今までに散々恥ずかしい出来事やら自分をさらけ出した
長いつきあいの友達だし、平気なはずなんだけど。                                     

だ、誰か止めて~~ )

                    

ホントこういう性格になっちゃったのかな。
「何事にも動じないオンナ」で通っていたはずの私ですけど。
ちなみに旅行前や帰省前もこの調子。

で、やっぱりこんな勢いづいたカウントダウン態勢にブレーキ
をかけたのはやっぱり右足の不調だった。

あぁでもホント楽しみ。なんだか抑えきれないわ。
散歩前の興奮している犬の気分がちょっとだけわかった。

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2006年5月19日 (金)

夢の中の夢

今日も曇天な東京。さすがに一週間も家にこもっていると、
窮屈になる。最近行きたい所ができたので天候が気になる。
お昼頃から雨はやんでいるけれど、降水確率70%では
バイクで出かけるには勇気がいるなぁ、と迷っているうちに
もう日暮れが近くなってしまった。

                        

睡眠不足の時は昼寝で補うようにしているが、夜に比べると
圧倒的に夢をみる。

昨日は祖父のお葬式に行くのに、喪服のパンツスーツのパンツ
が光沢のあるオフホワイトなのに気づいて着替えたり、黒真珠の
ピアスを手にとったはずが派手な装飾のピアスだったり、トイレに
入ればオシッコのもれそうな子供が「ママ」と泣いているし、ワン
ピースのスーツに着替えて借りたストッキングが紫のラメ入り
だったりして、支度が全然間に合わない夢だった。

こういう何かに間に合わないとか、緊急事態に焦る夢はよく見る。
そういう場合、主に舞台は以前勤めていた手術室が多い。

いまはゆるゆるな生活なのに何で未だにこういう夢を見たりする
んだろうか。潜在意識の中とはいえ何をそんなに焦っているんだ
ろうか。

              

今日は昼寝から目覚めてしばらく放心してしまうような夢をみた。           

                   

場所はまさに今私が寝ている寝室で、時間帯も昼間。
完全に現実とリンクしているような設定だった。
寝室にいながら、誰かと私の下肢の件で見てもらう約束をして
いたらしく、時間になると数人の女性と男性の医療チームが
入ってきた。
私が約束していたのは女性でたぶんカウンセラーのような人
だったと思うが、忙しい人みたいでちょこちょこ中座したりして
いた。

その時に、一緒に来ていた男性に「足をちょっと見せてごらん」
と言われ、見せたら理学療法士の徒手でのリハビリのように、
足を持って変な方向に曲げようとした。驚いた私は「足は曲がら
ないんです。無理にすると・・」と叫んだそばから、難なく足が
曲がった。

!!!

その男性は一旦足を元のように伸ばしてから、今度は正しい
方向でゆっくりと膝を屈曲させた。
「・・・・痛くない」
目の前でゆっくり正座のように曲がる足。

ものすごい感激と驚き!

「私もう18年近く足悪くて、もう骨が固まって全然曲がらなかった
んです。どうやって、できたんですか?」堰をきったように言葉を
ぶつけた。整体師だというその男性は私にこう話した。
「整体、一度やってみればいいのにと思っていた。ちょっと歩いて
ごらん」
言われて、ゆっくり立ち上がり、膝を意識して歩いてみる。
長年棒のように歩いてきたためか、膝がカクッと折れそうな
心もとない感覚があったが、痛みもまったくないし普通の正常な
歩行ができていた。
「まだ、慣れていないから、そのうち慣れると思うけど」

寝室から入る外の日差しが気持ちよくて私の晴れやかな心と
ぴったりだった。
「足が良くなったら出かけたかったところがいっぱいあった」
「でも、まだ無理しちゃいけないか」

私はこの奇跡のような治療をしてくれた男性をこれで終わりに
してはいけないと感じて「また調子が悪くなったり、しばらく
定期的にかかったりしたいときはどうしたらいいですか」

私はその男性をじっと見つめた。
身長は私位で低く、かなり太っていて眼鏡をかけていた。
股関節が悪いような少し傾きのある歩き方が特徴で、現実には
会ったこともない中年の男性。
名刺を渡されて、名前は小千谷(おじや)さんと言った。
周りにいた女性の顔は覚えていないが、その男性の顔は目覚
めた後でもはっきりと記憶に残った。                      

                          

私の夢を叶えてくれた夢。                                        

                                     

TVでは医療関連のドキュメンタリーを扱う時、「奇跡の」とか
「感動の」とか「最強ドクター」という言葉をよく使う。

若すぎて今はできないと言われた「人工関節」
時期を逸してると言われた「自家軟骨移植」
仮骨が形成され棒のように固まると言われた膝関節
痛みを止めるには関節固定術しかないと言われた足関節
軟骨が殆ど無い以上痛みがなくても以前のような活動は不可
と言われた歩行

私が最先端医療で奇跡のような回復を遂げられる日は
来るのだろうか。
歩くこと、足を交互に出して進むことが無意識にできる日が
来るのだろうか。

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2006年5月13日 (土)

右手首も痛くなると

今朝起きたら、右手首が少し腫れて熱を持ち、動かすと痛み
があった。コーヒーカップを運ぶのも蛇口をひねるのも眉間に
シワを寄せてしまう。

原因は大体わかっている。PCに向かいすぎるのと、休憩に
するニンテンドーDSのリラックスゲーム「細菌撲滅」
専用の細いペンを持ち、リラックスにならない位熱中してしまう。
思うにこの細いペンを握りつつ、手首を頻繁に上下させてしまう
のが悪いんだと思う。

右手首に関しては、ここ数年から酷使するとこんな風に腫れたり
痛みが出たりすることがある。
いつぞやは朝方痛みで目が覚め、ちょっと動かすと肘まで痛む
ので、さすがに病院に受診した。何なんだ、コレは。
でも骨にも異常なく、女性に多い手根管症候群でもなく、やはり
今抱えている下肢の関節炎と関連やリウマチのような免疫系
でもないでしょうということで、ごく当たり前の、痛いなら動かさ
ない(安静)と鎮痛剤の軟膏処方で終了。

一回受診して答えをもらったので、こういうことがあっても「また
なのね」と思える。
しかし、最初の主治医にはリウマチではないけどリウマチのように
人より自己免疫系が反応しやすい体質かもね、と言われたことが
ある。                                                      

      

自分にとって「体質」と「性格」って似ているかも。
自覚して上手に付き合うという意味において。

「性格」は若い頃に比べると、むっとしたりカッーときた怒りを
やり過ごすとか、少しは上手に付き合えるようになってきた
かなとも思うけど、「体質」や「病気(身体の不都合)」に
関しては、できないことが増えたり、調子の悪いことが増え
たりするたびに、自分の気持ちの行き場を調整しなければ
いけない。
そういう意味では、まだまだ自分の自覚も受け入れも行ったり
来たりで上手に付き合っているとは言えないかも。

そもそも上手に付き合うということが、本当にいいことなのかも
わからないけれど。
もっとジタバタして負けじと闘う位がいいのかもしれないけれど。                                          

                                  

こんなことを雨の日に考えるのは、乙武洋匡氏の「五体不満足」
読んでいるから。
先天性の障害と後天性の障害では一概に比較できないかも
しれないけど、単純にこの人すごいなぁと思う。

私ももっと「あっけらかん」と自分の体質や障害を受け止められる
ようになりたいものだ。

右手首に関しては、負けじと闘っても悪化させるだけなので、
今日は湿布をしてしばらく「細菌撲滅」ゲームは禁とした(泣)。
                         

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2006年4月25日 (火)

子供の視線

昨日スーパーで小学生位の女の子がじぃ~っと私を注目。
何度も振り返ってはしばらく注視を繰り返す。
母親が近くにいて気づいているのに、娘に何も言わない。
あと2回位見たら「そんなにじろじろ見ないで」って言おうと
思ったけれど、何かどうでも良くなって自分から視線を
逸らしてしまった。
でも、思い切り不快な気分が渦巻き、ぐるぐる。

帰り道バイクを飛ばしながら、「あのお母さんは私の前だから
注意するのを気遣っただけなんだろうか」「家に帰ってから
娘に教えてあげるんだろうか」「人を不躾に見るって行為を
何も思わないんだろうか」
いろいろ考えた。風を切って走るうちに嫌な気分も風と一緒に
流されて行ったけど。

                                                        

自分と異なものを注視し観察するのは、動物として危険察知、
または危険回避の基本だ。
我が家のごま猫は私とはお嬢様の頃から同居しているので、
私に対してはそうでもないけど、6年前に暮らし始めたオット
を時折ジィ~~~と注視することがある。
オットは遊びモードになってごま猫と追っかけっこをする時
手加減しないので、ごま猫はすぐ降参する。

黒い瞳に吸い込みそうな程、視線をそらさずにオットの行動を
観察、観察。

オットは危険人物なのか・・!?

                                               

なので、私にとって乳幼児クラスがじぃ~っと見ることにはOK。
何故なら彼らは、動物的視線だから。
子供が入院して手術を受ける必要が生じた時に、理由付けて
手術を理解できる年齢は発達の個人差はあるが概ね小学入学
程度と習った。
だから、社会性も人への思いやりも学べる小学1年生程度以降の
年齢の子供には、自分とは違う人を無遠慮にじっと注視する行為
を考えられるようになって欲しい。
それを教えるのは、やっぱりまわりにいる大人だと思う。

私が子供の頃は、今思うと障害のある人の不思議な動きや発語、
他人がモノを食べている姿を見ていると、
「あちさん(あちらさん、よその人の事)をじろじろ見るもんじゃない」
と注意を受けた。
人を傷つける行為で、不躾で品位がないとわかり易く諭された。
私だけでなく、周りの子供がそういう注意を受ける場面は自然に
みられた。

今のお母さんは忙しい。
昨日の女の子の母親は娘の行為に気づいていたけど、大体私が
遭遇するじろじろ見る子供の場合、一緒にいる親はそれに
気づいていない場合が殆ど。
忙しく買い物をしていて、母親が先に歩いていくので、後ろを歩く
子供がどんなものに興味を引かれて見ているのかわからない。

こういう人も世の中にいるんだということに気づくのはいい。
別に見ても構わない。
だけど、そこから思いやりを学んで欲しい。
そういう人を社会で自然に受け入れられる人になって欲しい。

だから、私は子供の視線にはいろいろと思うところがある。
4回以上見るようなら「そんなに見ないでね」とか「じろじろ見られる
と悲しい」って言うようにしている。
今まで実際に子供に言ったのは2回だけど、2回とも母親は
それすら気づかなかった。

別に母親に気づかれて最悪喧嘩になっても構わないと思っている。
私はまちがったことを言ってるつもりはないし、たとえ子供がそれで
逆に傷ついたり、何か怖い思いをしたとしても、見られた私が見た
子供に見られた気持ちを発信することに意味があると思っている。
そこから必ず何かを子供なりに感じるものがあるはずと思う。

あの子達は帰った後母親に話すだろうか。その時どんな会話が
されるんだろうか。
その意味をわかってくれただろうか。
自分が他人に傷つけられた時にその意味に気づくのだろうか。

                                     

そして、どんな大人になっていくのだろうか・・・                              

他人の子供ながら、思いやりのある大人になって欲しいと願う。
障害や病気は、いつ自分や自分の周りに降りかかってくるか
わからないのだから。

                                                       

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2006年4月17日 (月)

らっきょうを噛みながら考える

今日は暖かくいいお天気だったのに家でじくっと過ごして
しまった。
本当は午前中にでかけてガソリンを入れて、電車に乗って
眼科に行き、面接をうけようかという企業の通勤路の下見を
してラッシュの前に帰ってくるつもりだった。                                    

                                                             

外出用の洋服に着替え、ちゃんと化粧もして、玄関で靴を
履いても、何故か足が止まってやめてしまう。
昨年の今頃退職してから時々ある、こんな後ろ向きの
気持ち。

出かけたら、途中で足が痛くなりそう   とか
今日は雨だから   とか
今日は風が強いから   とか

言い訳ばかりしているような。

「でかけりゃぁ、いいじゃんか。出かければ気持ちがさっぱり
するんだからさー。」
「はぁ、今日も出かけなかった。」
そういう自分が自分の中で交錯する。

                                                   

こんな風な気持ちで悶々しちゃっている時、大抵は自分の
これからについて考えている時。
今が自分にとっての人生の岐路なんだろうか。
丁度寿命的にも仕事的にも折り返し地点の年齢だからかな。
仕事が不完全燃焼のまま、専業主婦に突入したからかな。

これからは専業主婦で行く、と腹をくくって家の中の切り盛りを
頑張ればいいじゃないか。
転職したいなら、いろいろな資格を取ったりそれなりの努力を
すればいいじゃないか。
昔からなりたかった夢の職業にトライすればいいじゃないか。
自分が思う残りの人生の満足いく生き方って何だろう。

でもどれ一つとして踏ん切りもつかず、答えも見つからず
考えているうちに一日が終わっていくような感じ。

                                        

何だか定年後の気の抜けたお父さんとか、ひきこもりの人の
ような気分。こんな感じで暮らしているのかな。

忙しくて毎日疲れて帰ってきて、朝出かけていくオットを
送り出す時、大変だなぁと思う反面とても羨ましい。
颯爽と歩いて決まった時間に通勤して、会社に行くと仕事モード
になって自分のやるべきことが待っている。
文句や愚痴をこぼしながらもバリバリと働いていた自分と重なる。

これを羨ましいと思うってことは、やっぱり私は仕事がしたい
んだろうな。

たぶん暇だからこんなこと考えるんだろうね。                              

 

何だか、らっきょうをバリバリと食べたくなって、今日はカレーに
した。

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2006年4月10日 (月)

自動車税減免

さっきから窓の外をちらちら眺めてはため息。
雨が降ったり止んだり。
うっかりしていた。猫フードが今朝なくなった。大事な
足、スクーターのガソリンもなくなりそうだから、ちょっと
離れたスタンドまで行かなければならない。
以前は雨でもスクーターはへっちゃらだったけど、
ある時マンホールの上で横滑りして心臓が止まる程焦った。
それから、塗れた路面の日は怖いので避けている。                             

車で出かければいいんだよなーと思いながら、結局ガソリンは
スクーターでなければ意味がないんだし、猫フードもとりあえず
のカリカリは宅配スーパーで購入することにした。                             

昔はドライブが趣味といえるほど運転は大好きだった。
今は私の下肢の障害が右足なので、調子が悪い時は
アクセルとブレーキの踏み変えの際に関節が痛むので、
安全の為に無理に運転しないようにしている。
それでも、どうしても外出しなければいけない天候の悪い日、
車は必需品だ。

                                                       

今月、自動車税事務所から自動車税の減免継続のお知らせが
届いた。私は下肢障害4級。減免は下肢障害1~6級で障害者
が使用する個人名義の車に限り、減免が受けられる。
私が主治医に勧められて障害者申請をしたのはまだ看護師を
していた一昨年だが、それまでもずっと同じような状態が続いて
いたわけだし、税金も納めていたので、障害者に認定されたから
といって、急にいろいろな減免が受けられることに社会人の一員
として疑問と抵抗があった。
「私は何も変わってないのにな」という思い。

でも今のように、自分で収入も得られなくて、徒歩でも自転車でも
バイクでもなく、移動手段の必需品が車もしくはタクシーという身
になって、それしか選択肢がないという状況になった時、やはり
減免やタクシーの割引制度は有難い。
地元に帰省する時の高速道路の割引や公立の駐車料金の割引
も有難い。申請はしてないけど、駐車禁止の対象除外の
ステッカーもすごく助かる。                                                  

                                                         
世の中には障害と認定されてなくても、慢性的な疾患があって
身体の不調を管理しながら働いている人もいる。障害者で
あっても正規の職員として身分も保障され安定した収入を得て
働いている人もいる。
障害というほどでなくても働けないと思っている人、働こうと必死に
なれば必ず働き口なんて見つかるという考えの人。
金銭的な支援は不公平感がでても仕方がないのかもしれない。
けれど、思いやりという人の心のソフト面や道徳心が薄れている
社会では、支援の形はこうなってしまうのかな・・
電車の優先席や障害者用トイレ、障害者用駐車スペースの使い方
や譲り合いの問題はよく新聞なんかでも話題にとりあげられる。

                                                        

障害者の支援制度。
自分のことも含めていろいろと考えさせられる。

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2006年3月25日 (土)

自分の限界

今日は真面目な話。

今日は月一回の漢方外来受診日。
私は関節痛・関節の腫脹と熱感、下腿の浮腫と冷えを
改善したくて通院している。根本的には冷えが強くて
それで気や水が滞っている状況らしい。

漢方外来ではいわゆる西洋医学の外来(一般的にいう
内科や外科、整形外科、耳鼻科など)に比べると、一見
雑談とも思えるような会話に時間をかけることが多い印象
を受ける。人により違うけれど食事の話、旅行に行った話、
生活スタイル、仕事でのストレスや家庭の話など様々。
そういうことも現在の東洋医学的な状態を判断する材料
になるからだ。

私の診察中には割と病気に対する気持ちの持ち方や考え方が
話題になることが多い。自分では普段改めて考えていなかった
りするので、「ん~、どうかな」と考えることになる。

以前は先生にさらっと
「病気になったのには意味があると思わない?」
と言われた。私にとって病気になる意味があったということだ。

私の病歴は18年を数える。6年前からは痛みが強くなり、
同時に坂道を転げ落ちるようにできないことが増えていった。
膝も拘縮(固まること)が進み、その負担が足首の関節にも
影響して体重をかけると激痛が走るようになった。
去年この状態では総合病院の勤務に限界を感じて転職する
予定で活動したが、検査の結果思いの他足首の関節の
状態が悪いことがわかって装具を作った。
棒のようになって尚痛みがとれない足のご機嫌を伺いながら
できることをするという毎日。
結局転職活動も中断して専業主婦になってこの春で一年に
なった。今も杖が手放せない。

悪くなっていく5年間は本当にあがいていた。それでも仕事を
なんとか続けられていた。
去年の最悪に調子が悪かった頃も相当あがいていた。
整形外科の担当医に
「痛みがとれれば、パート勤務でいいから都心に電車通勤
して働きたい」
と、その時の自分を奮い立たせている最大の目標を述べた
途端に
「そんなこと期待してはだめだよ。今より活動範囲を増やそう
なんて思っちゃだめ」とあえなく却下されてしまった。

さすがに目標を否定され自分の励みがなくなった絶望感に
診察室で目を潤ませてしまった。
その後でしばらくして東洋の先生に言われたのがさっきの
「病気の意味」についての言葉だった。
今までと同じ生き方(活動)はもうできない。生き方や考え方を
変えなければならない。

去年調べ物をしていて古いスケジュール帳が10年分くらい
出てきた。見てびっくり。当時は毎日楽しくて充実していたけれど
すごいハードスケジュール。
いくらなんでも活動しすぎなんじゃないか・・昔の自分に
ツッコミをいれたりして。
そういえば、結婚して東京に行くことが決まったときも、東京を
知り尽くす位あちこち行けるのを楽しみにしていたっけ。
そう、私はブレーキが効かないタイプなんだな。
仕事も手抜きをしないタイプだし。

それで、ようやく少し答えが見えた。「病気の意味」
自分で自分にブレーキをかけたのかも。
もう少しゆっくり生きろということなのかも。

そう思えるようになってから気持ちが穏やかに変わったと思う。
今の状況を受け入れるのと、甘んじて諦めるのは少し違うと
思う。
最後にいい人生だったと自分で満足できるように過ごしたい。
そういう意味では負けるもんかという気持ちは今もある。

それでいいのかな。
ある意味、貪欲に。自分で限界を決めずにいけるとこまで。

「諦めたらそこで終わりですよ」
かの有名な安西先生の言葉だ。

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2006年3月16日 (木)

反射的に!

木曜日は今ハマッテいる東野圭吾原作の「白夜行」
があるので、テレビに集中できるようにさっきまで
夕飯の支度をしていた。
何故ってだいたいその時間帯以降にオット氏が帰宅
するので、温めて盛り付ける位に仕上げておきたい。

今日のメインは鶏肉の変わり照り焼き温玉丼。
にんにくの油で鶏肉をかりっと揚げていたら、油が大きく
バチっとはねた。

「おおっっ!!」

そして

「あ゛っ~~(泣)!!」

反射的に私もはねていた・・・
悪い方の足を思い切り踏ん張って。

以前も夏の終わりに伸び放題になった外の雑草を
引き抜いたらニョロっと虫が足元の土の中からでてきた時も
同じように、反射的に飛び上がってしまい、しばらく
動けなかった。

足を切断した後で幻肢痛といって、ないはずの足先が
痛かったりしびれることがある。
また、脊椎損傷や麻酔などで下半身の神経(感覚)が
遮断されている場合でも、伸ばしている足が曲がって
いるように感じたり。
脳の勘違いだったりする。

眠って夢を見ている時、夢の中の設定では以前の健康な
足なのに気づいて、ここぞとばかりに走ってみることがある。
だけど、本格的な眠りに入る前のうとうとしている時には
だいたい、今の悪い足の状態。
そして必ずといっていいほど階段の一段だったり、
歩道の縁石だったりからガクっと足を踏み外す。
そんな時にはご丁寧に脳が実際の私の足に指令
を出してしまう。

そうすると、私はベットの中でホントに足を踏み外したかの
ごとく、思い切り反射的に踏ん張ってしまう。

「あ゛っ~~!」

夜中の寝室に私の叫びが・・・

頼むよ・・私の脳みそ・・
足の状況ってものを自覚してちょ~。

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