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2006年7月31日 (月)

根くらべ

昨夜は、張りきってオットと追いかけっこをして遊んでいたごま
。いつものようにドタドタと走り回り、降参してオットに抱っこ
されていたところまではいつもと同じだった。

その後どこでどうしたのか、ご飯の残りを食べて私の方に歩いて
きた時にびっこをひいているのに気が付いた。

テーブルに向かって雑誌を眺めていた私の近くに座りたいらしく、
椅子に飛び乗ってテーブルに飛び乗るいつものジャンプが・・・
・・・できなかった。      

 

どおしちゃった!?                

      

テーブルの上に乗せてあげてから、少し足を持ち上げてみたり
触ったりして看護師魂の観察眼でみたところ、どうやら股関節を
傷めたらしい。
腫れは太っているのでよくわからないけれど、体重をかけられ
ない所をみると、骨折ではなさそうだが脱臼位しているかもしれ
ない。         

                    

明日になったら病院に連れていかなくては。

       

そう思って今日は朝から身支度をしていた。気づかれないように。
足を傷めているので、いつもの柔らかい巾着型のバックに入れる
より固いキャリーバックに入れたほうがいいだろう。
キャリーバックも窮屈な姿勢になるので、ぱっと入れてすぐ出発
できるようにと、掃除道具を取り出すときに一緒に何気なく出して
おいた。                

  

何気なく

 

・・・・・・        

           

・・・・・・・・・はぅ。

      

何気なくなかったらしく、感づかれてしまい、
こういう日に限ってオットがシャツを取り出したときにきちんと
閉めていなかった押入れ兼クローゼットの奥深くに潜り込んで
しまった。

0607311544_konkurabe_1   

                                 

杖をついている私にはちょっと引っ張り出せない位奥まっているんですけど!       

        

精一杯の一番安全な所に隠れたつもりなんだし、無理矢理
引っ張り出しても余計に足を傷めるかもしれないし、どっちに
しても私自身が抱っこして安全に2階から降ろすってことが
困難なので、ほとぼりが冷めるまで待つしかないという結論に
達した。

  

こうして今日はごま猫との根くらべ

  

あぁ~。もう午後の診察時間が始まるんですけど。
夕方の車の混む時間は避けたいんですけど。
今日はオットの帰りが珍しく早そうなので6時から夕飯の支度を
始めたいんですけど。
脱臼だとしたら、全身麻酔で整復するだろうから時間かかると
思うんですけど。
全身麻酔で入院なんていったら、明日は東京に出てきた地元の
友達とランチの予約がはいっているから引き取るのは夕方に
なっちゃうけれど、それでもいいんだろうか。

    

人の心、猫知らず・・・       

当たり前か。     

            

でもとにかく今日中には受診させたい。
なんとか診療時間までには出てきてくれるといいんだけれど。
焦っても仕方がないけれど、焦るなぁ。

              

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2006年7月30日 (日)

女性の憧れ

今日はオットに車を出してもらい、日用品や猫のトイレ砂や
食料品の買出しに出かけた。
車の窓から見た空は、抜けるような青さでもう夏の気配を
感じた。        

この夏、できるだけ快適に過ごす為に髪の毛を伸ばしている。
汗ばむ首にまとわりつく不快感を避けたいというのが、第一
の理由だ。            

          

その他に密かな理由がある。                        

            

それは・・・       

    

髪の毛で胸が隠れる位に伸ばしたーーーい。

髪の毛がブラジャーのように胸を隠す位伸ばしてみたーーい。

0607301802_mizugi

 

髪の毛のブラジャー」いわゆる「髪ブラ」だ。

    

                            

最近担当をしてもらっている美容師さんに言わせると、私は
ショートカットの方が似合うらしい。
自分でもロングヘアは似合うとは思っていない。
背が低くて顔立ちが地味なので、髪を長くするとバランスが
悪くみえるのと、余計に地味な感じに見えてしまうからだ。
だから、今まで髪を長くしたのは数回。肩よりは長くしたけど、
胸まで届いたことはない。

        

それでもあえて挑戦しているのは、髪の毛にも年齢を感じる
ようになってきたからだ。

ハリがない、コシがない、ツヤがない。

今やっとかないと、長い髪も綺麗にできなくなるかも・・・・

 

                 

手術室勤務時代にちょっと個性的な後輩がいた。
髪の毛を伸ばし始めたので「伸ばしているの?」と聞いたら、     

     

「はいー。私昔から、
和式トイレでしゃがんだときに下につく位伸ばしてみたいっていう
憧れがあったんですぅ。」   

          

・・・・・・・・

           

・・・・何と言う例えデスカ・・・・・(゜-゜;)         

    

・・・・・・便器に髪をつきたいわけではなくって

腰まで伸ばしたいってこと・・・・・だね。        

  

私が勤務している間に、そこまで伸ばした髪をみることはできな
かったけれど、そんな話を美容師さんにしたら
「髪の毛でブラジャー、よく聞きますよ。女性の憧れですよね」
と共感してもらえた。                     

               

しかし今は家にこもっているのをいいことに、快適さを求める
だけの毎日同じような変化のない束ねた髪形。
すでに長い髪にも飽きてきた・・・・
いつまで続くのか、この根気。

 

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2006年7月29日 (土)

この夏のマイブーム

関東地方の梅雨明けも来週早々の予報だが、すでに夏の
ような強い日差しが続いている。          

暑い夏がやってくると、薬味を使ったメニューが美味しい。
もっぱら、シソ、生姜、茗荷をよく使うが今年の夏は、私に
とってあるものがブームになっている。

          

ブーーーーム!

            

    

あまり新鮮でもないかもしれないけれど、梅ブームの発端は
Photo_3                    

カルビー

期間限定 夏ポテト
 紀州の南高梅                            

                    

                                

・・・・なんだ、お菓子じゃないか・・・
と思うかもしれないが、こういうところからブームは広がっていく
ものなのだ!                                         

                   

この酸っぱさにハマり、今シーズンで3袋目。
普段ポテトチップスを食べない私としては、恐るべきハマり様。
これは期間限定品で関東ではどうやら9月初旬までなので、あと
2袋ぐらいは買っておこうと思っている。

     

この梅の酸っぱさを堪能し、日本人でよかった~と再認識して
からは食卓のメニューでも梅をよく使っている。
もっぱら、大根とレタス、トマト等のサラダに梅のタタキを加えたり、
鳥ささ身を蒸して焼き椎茸やレタス、貝割れのわさびポン酢に
シソと梅を一緒に和えたり、そんなものばかりだけど。                       

         

本日の夕飯はいいアジがあったので、アジの梅煮の予定。

    

暑い夏、辛いもいいけど酸っぱいもいい!0607291622_ume

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2006年7月27日 (木)

青春の汗と泥

今日も強烈な日差しの東京。
前から汚れが気になって外しておいてもらったレースのカーテン
の漬け置き洗いをした。

カーテンは椅子に乗って取り外しをしなくてはならないので、
足を悪くしてからというものあまり洗わなくなってしまった。
杖をつくようになってからは尚更だ。

久しぶりに洗う汚れの溜まったカーテンは、漬けているだけでも
真っ黒な汚水になってしまった。

    

洗濯機に移して洗い始めてからも、みるみる水が汚れてくるのを
ついついぼぉーっと見てしまう。

洗っている、洗っている。

ぼぉーっと汚れてくる水を見つめている自分に、何だか前にも
こういう風に洗濯機を眺めていた事があったぞと思い出した。

                

それは看護学生だった頃。      

通っていたのは短大で看護学科の他に、レントゲンやCTを撮る
放射線技師になる放射線科、血液検査や細菌検査の分析など
をする臨床検査科があった。
隣接する敷地には大学病院と医学部があったため、サークル
活動や部活動もそれなりに盛んであった。
看護科のクラスメートは大体が、活動が活発な医学部の部活や
サークルにはいるか、又はマネージャーになる場合が多かった。     

            

まだ入学したてで、高校の頃のソフトボール熱が冷めない私と
同じくピッチャーだった友達は最初に医学部の野球部の門を
叩いたが、断られた。
どうしようかと悩んでいたら、短大にも野球部があることが
わかったのだが、それはいわゆる草野球のサークルのような
野球部だった。           

汗と泥で白球に飛びつく熱い野球部を望んでいた私達だったの
だが、仕方なくここに入ることにした。部員として。         

しかし男女の体力差を感じ、あえなくマネージャーに転向となる
のだが、試合のスコアつけやノックの手伝いや時にはキャッチ
ボールの相手等、グランドで球と触れ合う活動は大好きだったの
だが、バックネット裏の縁の下の力持ちのような活動は、やった
ことがなかったので何をどこまでしていいのやら、どんなことを
するべきなのかもよくわかっていなかった。                 

    

その一つが部室での仕事である。

マネージャーの仕事としてのイメージとして浮かんだのが、
とりあえず部室の整理整頓とユニフォームの洗濯だった。
最初は遠慮がちだった部員も、単身アパート(下宿)暮らしと
なれば遠慮なく洗濯をお願いするようになった。

一人だけ本格的に高校野球を経験している先輩がいて、
ユニフォームの下に履くスライディングパンツというアンダー
パンツの存在を知ったのもこの時である。

女子高出身の私達には、見た目普通の下着に近いスライディ
ングパンツは刺激的で、洗濯物の中から出てきた衝撃的な
出会いのせいで、その先輩を密かに「スラパン」と呼んでいた。        

                 

部室は医学部の部室と共有の2階建ての鉄筋校舎の中にあり、
グランドで活動する野球部、サッカー部、ラグビー部の部室が
集まっていた。
私達の草野球サークルに比べて、本格的に汗と泥にまみれる
正真正銘の部活動をしているスポーツ部である。
部室はいつも開けっ放しで、どの部室もごちゃごちゃと乱雑で
洗濯物が干されていた。時には着替えていたりして、正に
男の園だった。                       

               

校舎の中には共有の洗濯機があったので、先にどこかの部員
が洗濯をしている時は、終わるまで待つしかない。
洗濯の途中でいつまでも放置してあることがあり、洗いが終わ
ってそのまま時間がたっている場合は、すすぎのタイマーを
かけたり、脱水機に移しておいてあげることもしばしばだった。                    

       

そんな時にぼぉーーっと手持ち無沙汰な時間を、洗濯曹を眺めて
過ごしたりしていた。                   

      

私達のサークル活動でも、汚れはヒドイけれど、このサッカー部や
ラグビー部の汚れはどうだ・・・・(@д@;)

私達のも洗濯機の水は、薄めでありながらもミルクティー位だが、
これはカフェオレの中で洗っているようなもんだ。

果たして汚れが落ちてカフェオレ水になっているのかカフェ
オレ水の汚れの中で洗っているのか・・・・
(@д@;)

排水をしてみると、洗濯曹の底にはどっぷりとが溜まっていた・・           

 0607271353_baseball                         

        

                                              

我が家のレースのカーテンは少し白さを取り戻した。
風になびくカーテンを眺めながら、新聞の高校野球の地区予選の
結果を見る。     

がんばれー!青春の汗と泥!!               

            

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2006年7月26日 (水)

時の流れ

今日の東京は暑かった。

久しぶりの快晴で、朝から洗濯。
これまた晴れ間を待っていたごま猫がお散歩の催促。

                                                                   

0607262116_odekake_sako 涼しくなるのを待って、預けっ放しだったクリーニングを取りにでかけた。                                 

        

雨続きだったので、家の外に出たこと自体が久しぶり。
風をきって走るバイクが気持ちいい。

 

おぉ、更地だったところにいつの間にか家の原型が建っている。

クリーニング店のアルバイトさんも代わったみたいで、初めて見る
人だし。

パン屋さんのパンも少し種類が以前と違う。

      

夕方出かけて、日も落ちる薄暗い頃のスーパー。
仕事帰りと思われる人や一人暮らしなのか簡単な惣菜とビール
だけかごに入れている人、孫とアイスを買いに来た人、

なんだか世間の雑踏を感じた。

    

家にこもっていた私のゆっくりとした時間とは違う、世間の時の
流れを感じて帰宅したのだった。                   

    

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2006年7月25日 (火)

スタンバイ

東京はぐずつき気味ながら雨の降らない一日だった。
今日は出かけようと思えば出かけられた日だったのに、
ちょっとした工事の業者が来る為に、外出のタイミングを逃して
しまい、またまたインドアな一日だった。

気がつくとクリーニングも預けっぱなし。
かれこれ2週間近く一歩も外へ出ていないかもしれない。

これはインドア最長記録かも・・・

         

という訳で、今日は我が家に訪問者が来る予定。
こういう場合、気をつかうのがインターホン

なんといっても杖をついて歩くのでインターホンに出るのが遅い。
不意の宅急便なんかは、不在になってしまうことの方が多い位だ。

だから、来る時間帯がわかっていると意味もなくインターホンの
周りをウロウロとしてしまう。
待たせないように、私のほうがインターホンの近くで待ってしまう。              

インターホンは台所の隅の壁に設置されているので、台所で
調理中は近いのだが、普段座っているソファや食卓の椅子から
少し離れている。
訪問予定が2時間位の幅がある場合は、やっぱりソファか
どこかに座って、何かしらしていることが多い。
おかげで車が停まる音に敏感になった。
車が停まる音で、立ち上がって歩き始めると丁度いいタイミング
でインターホンに出られるのだ。

     

今日は来る直前に電話が入った。

「あと5分位でお伺いしてよろしいでしょうか?」
「はい、よろしくお願いします。」

その時私は、麦茶を飲みながら食卓のテーブルでPCと向かい
合っていた。
ちょっと動きづらい程度に足首の関節が痛むので、工事の人が
来る前に鎮痛剤を飲んでおこうか。      

                    

立ち上がって台所の引き出しの中に常備している鎮痛剤を口に
放り投げ、食卓の麦茶で流し込もうと思った瞬間、インターホン
ピンポンと鳴った。

0607251857_stand_by_sako

                                       

                                     

                                           

水(麦茶)は右   インターホンは左          

           

                                       

早いじゃーーん (;x;)

        

えぇ、えぇ、目に留まった計量カップで無事薬を流し込みました
とも。
とりあえず台所にいてよかった・・・・                              

            

こういうことがあると、益々スタンバイな私になりそうな予感。
開き直っちゃえばいいとは言い聞かせているんだけれど。
まだどこか、足を理由(免罪符)にしたくない自分が残っている。   

        

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2006年7月24日 (月)

「強いものには巻かれろ」な夢

私は3人兄弟の真ん中育ち。
昔から、頑固で淡々としたマイペース型で、別に媚は売って
いないつもりだが世渡り上手だとも家族から言われてきた。

 

今日は寝不足続きと女性特有の体調不良の為、久しぶりに
お昼前に昼寝をした。

昼寝ではよく夢を見る。
今日の昼寝もはっきりした夢で、私の本性がいかんなく発揮
されていた夢だった。       

                  

場面は病院。私はそこに長年かかっている患者で、その日も
受診に来ていた。
そこで受診に際して、病院側の不手際な事柄に気づきそっと
受付事務の人に教えてあげた。それがすごく感謝されて恐縮
する私に事務の人はそっと小声でささやいた。          

「実は今、西城秀樹が来ているんですけどお好きならサイン
頂いてきましょうか」         

・・・いや、別にサインを貰うほどのファンという訳では・・・       

「え。いえ・・・」
と言って断ろうとしている私の背後から、オットが私のしわくちゃな
花柄のハンカチを差し出した。
「せっかくだから頂けば。」
微笑みあう事務職員とオット。
断る空気ではないことを読み取った私は
「じゃあ、せっかくだから頂きます」(いらんっちゅうに・・・)

       

奥で貰ってきてくれるかと思いきや、「こちらです」と案内され
どうやら玄関を出た別棟のVIP専用控え室まで案内してご対面
させてくれるらしい。                 

        

玄関まで来ると外は土砂降りで、何故か私は裸足だった。
履いて来たサンダルが受付の前に置きっ放しに気づき、
「ちょっと待っててすぐ戻るから」

受付にサンダルはあったが、いつの間にか鞄の中の私物や
ロッカーに入れておいた筈の所持品が散乱していたので、
放置するわけにもいかず、急いで片付ける。      

      

片付けている間にすぐ脇の自販機に、昔ながらのボンタンや
ニッカボッカを履いた不良学生グループがたむろし始めた。 

(うぇっ ><  絡まれないようにしよ。) 

そう思った側から、
「ちょっと。俺達にジュース代貸してくんねぇかな」と声をかけら
れた。
(あ~~ きてしまったか・・)と立ち上がったら、顔はいかつい
猿顔の軍団ではあるものの、身長が皆私の胸位のちびっ子
軍団であった。        

急に強気になった私は
「アンタ達に払うお金も理由もない!」
ぐっと睨み付けて、急いでオットと事務の人の待つ玄関へ
向かった。

   

「あ~~、お待ちしてました。
首相も待ちくたびれて、もうお帰りになるところでした。」               

           

!!!

     

しゅ・しゅ・しゅ・首相!?

          

      

果たしてVIP控え室のドアが開けられると、そこでは大人数の
いる畳の部屋で懇親会が開かれていたらしく、随分前に盛り
上がり終わった空気の中、少し寝そべり加減で仏頂面の
小林克也とか、にこやかなイッセー尾形なんかが見えた。
肝心の西城秀樹の姿は見えなかったが、入り口近くにさらに
別室があって、そこから先ほど総裁選不出馬表明をした福田
康夫氏
が帰る為に立ち上がって出てきた。           

正座をしている事務職員の脇で慌てて、できない正座をとり
あえず形だけでもする私。            

福田氏の奥で立ち上がる小泉首相が見えた。       

      

ぎゃ。ホントに首相だ。

         

「 おい・・おい・・・お忙しい中・・・」
緊張の為か声にならない。        

声にならずに口をパクパクさせている私をじろっと一瞥した
小泉首相。          

ここは腹を据えて、しっかりと挨拶しなくてはいけない。
そう決意した私は、腹に力を入れ思い切り大声で叫んだ。           

       

               

「大変お忙しい中、


お待たせして申し訳ありませんでした!」
           

                

             

       

・・・・と、実際の自分の寝言で目覚めた私。      

別に政治家にも何の気負いや思い入れもないのに、こんな
ところで本性見たり。

「強いものには巻かれろ」的な私がくっきり見えた。
やっぱりそんな生き方をしているのだろうか、私ってやつは・・

0607241502_bushi_sako  

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2006年7月23日 (日)

寝相

絶好調だった先月の終わりのくびれのあった足首が、ここの
ところまた腫れが出てきて、鉄腕アトムのように寸胴な足首に
戻ってしまった。

少し熱感もあって、最近また痛みで夜中から朝方にかけて
目覚めてしまう。
でも、以前のように痛くて足の置き所がなくて鎮痛剤を飲む
ところまではいかず、ごろごろと寝返りを打っているうちに
いつの間にか眠れているので、まぁいいだろう。

         

私はもともと寝相が悪い。               

       

子供の頃は川の字になって寝ている兄弟の上を乗り越えて
朝になると場所が入れ替わっているなんてことは日常茶飯事
だった。

温泉旅館の浴衣は朝になると、紐一本だけ巻きついていて、
かろうじて袖に両手が通っているという浴衣の原型を留めて
いない状態になるので、今ではパジャマ持参で寝ている。

             

それに加えて、足を悪くしてからというもの、足のいい置き場を
探してごろごろするようになった。            

 

関節が固くなったため、仰向けに寝ると膝が浮いてしまうので
膝下にクッションを入れる。
横向きの時も、膝下にクッションを入れて膝の内側に足の重み
がかかりすぎないようにする。
うつ伏せの時は、脛の下に枕を入れて膝が伸びすぎないように
する。               

      

起きているうちはいいけれど、眠ってしまうとそんなことしていら
れる筈もなく、寝ながらクッションや足の置き場と格闘していた
痕跡があり、クッションがいたるところに散乱している。

驚くことにこんな危険地帯のベットの足元の片隅でごま猫は
寝ていたりする。                

     

ところがだ、我ながら最近しっくりとするポジションを見つけた
らしい。

 

気がつくと良くこの格好(姿勢)で寝ている。

     

名づけて・・・・

0607232055_nesugata_inochi            

「  

(TIMの古いギャグネタ)                                     

                                  

      

膝下のクッションがへたるのを、左足でカバーしている。             

無意識のうちに身体っていうのはいろいろと考えているもんだ。           
感心、感心。 

       

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2006年7月22日 (土)

母のゴールデンタイム

0607221732_sentakuki 私の母は、私の友達の間である意味有名人だった。           

   

その一つは、周りの友達のお母さんにはちょっといない礼儀正しさで友達を出迎える為、密かに

「三つ指母さん」

と呼ばれていた。                 

           

私の記憶では、友達を連れてくるとフツウににこやかに
「いらっしゃい~」と出迎えているだけだと思うのだが、概ね
座って出迎えることが多いためか、友達には三つ指をついて
出迎えているような印象を与えていたのかもしれない。
もしくは、誰かにそういう出迎え方をしたんだっけ??

記憶は定かではないが、とにかくそういうわけで、優しくて
礼儀正しい
(友達が礼儀正しくしなければならないプレッシャー
を与える)母として通っていた。             

        

高校時代はまだまだ、周りの家はどこも門限が厳しかったが、
20歳を過ぎ、看護学生になってからは、閉館まで図書館で
実習の下調べをしたり、症例研究の為の資料作りを同級生宅で
作ったりして、普段から帰宅が遅い生活をするようになると、
門限もあってないようなものになった。           

それでも普段の暮らしは大目にみても、実習の打ち上げの
飲み会となると、「0時を越えてはいけない」「終電までには帰る」
等と門限のある家が多かった。              

我が家もやはり飲み会の時には門限があった。          

              

実習の打ち上げは盛り上がるものである。
実習の辛さと反比例して打ち上げは盛り上がる。
その日もおおいに盛り上がり、気がつくととんでもない時間に
なっていた。           

    

・・・・まずい。            

・・・・怒られるかも。 

      

しかし、そこには私以上に青くなっている友人がいた。
高校時代、看護学校と一緒の長い付き合いの友人でやはり
門限のきちんとした家だったので、ボソっとつぶやいた。

・・・帰れない・・・

   

お互いヤバすぎて帰るに帰れない時間。                  

          

そこで、私達はある方法を思いついた。
とにかくお互い怒られるのは覚悟したのだが、我が家に泊まる
事にしたのだ。                  

           

私は友達を連れて行けば、友達の手前、そんなに強く怒られない
で済むことを期待して、友達は今日のところは私の家で気持ちを
鎮め、明日覚悟して帰るということになった。           

      

お互いの家に電話して、そこでもそれぞれ怒られはしたものの
段取り通り、事が運ぶことになって、街からかなり離れた我が家に
帰ることにした。       

       

今まで有り得なかったほどの深夜帰宅。  

        

時計は2時をとっくに過ぎていたと思う。
母は夜遅く迄起きているようだが、さすがに寝ているだろう。
二人で緊張の足取りでそっと、そっと歩いてドアの鍵を開けた。

              

・・・・・・                

              

               

ん? ヤバイかも・・・ 

電気ついてる・・・・  

       

               

                

いらっしゃ~い。お帰りなさい~。」    

         

私達の為に起きて待っていましたっていうのとは明らかに
違う、小声ながら意気揚々とした母。

その奥では洗濯機も元気良く活動中。        

                 

・・・・こんな時間に洗濯なの?            

 

私も友達も絶句した瞬間であり、
「さこの母は恐ろしく夜更かし型人間だ」という点でも有名に
なった。

         

         

私が看護師で働いてから、一人暮らしをしていたのだが、
一時期実家に戻った事があった。
夜勤を終えて帰ると時刻は2時~3時だったが、やはり母は
起きていることが多かった。
新聞を読んでいたり、本を読んでいたり、もちろん洗濯をして
いる事もあった。

「早く寝ればいいのに」

でも母に言わせると、この時間が自分のゆっくりできる好きな
時間なんだそうだ。

         

私も夜更かし型になりつつあって、深夜にいろいろしたくなるのは
母譲りなのかなぁと思う。
私の場合は、それよりもゆっくりしっかり寝る事の方が好きなので
母のように、夕飯の後うたた寝をした後の深夜に家事や自由時間と
いう暮らしではなく、単なる寝る時間の遅い夜更かしだったりする。
時々夜うたた寝はしてしまうけど。
         

 

意外なことに、この飲み会の時に我が家に泊まりに来た友達が、
今では私の母と同じ生活スタイルらしい。
「あの時はびっくりしたけどさー、深夜に洗濯機回したりする気持ち
がわかったよ。自分ひとりの自由な時間ってあの時間だけなんだ
よね」

そうかー。
 

 

母のゴールデンタイムは、そんな形で友達に引き継がれていた。

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2006年7月21日 (金)

ごま猫の誘惑

いつもブログは午後から夕方にかけて記事をアップするのが
習慣になりつつあるのだが、用事があって活動をしていると
夜書くことになる。

夜とは夕ご飯の後。

それは私にとってある誘惑に負けることの多い時間帯。

0607212308

                                    

それは、夜寝

    

昔からそう。                      

        

                       

日中疲れたり、寝不足だったりすると決まって夕ご飯の後に
くか~っと寝てしまう。                        

           

ここ数日の東京は肌寒く、ごま猫はどこへいっても密着状態。
かわいいから、少々重くても許しちゃうのだが、そうでなくても
夕飯の後は眠いのに、ブログを書かねば・・・とソファに足を
投げ出した私のお腹付近にもたれかかってきた。

     

ほんわか~

温かくって気持ちいい~

それから先の記憶はなし・・・

気がつくと日付変更が近づいている。                    

           

こうして結果的に夜更かし生活になっていくのである。
ごま猫の温かい誘惑と思いたいが、これもある意味血筋なの
かもしれない。
何故なら、私の母も典型的な夜更かし型で、私と私の友達が
度肝を抜いたあるエピソードがあるからだ。

というわけで、この話は明日へつづく。
今日のところはおやすみなさい(本格的に眠る気だ・・)。

     

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2006年7月20日 (木)

ご法度

お中元のシーズンとなり、カード会社から高級グルメのパンフ
レットが届いていた。
あまりに高級品なので買うわけもないが、パラパラとめくって
眺めていた。               

あぁー、美味しそうー。食べたいー。

私の大好きな煮アワビが目に留まる。

看護師新人時代の同期の友達の結婚式の引き出物の中に
あった煮アワビを食べて以来、アワビが大好きである。
お刺身のコリコリとした硬めのアワビより、煮たり焼いたりして
程よい弾力のアワビの方が断然、魅力的。

     

しかし、ある意味我が家でアワビはご法度であった。            

                        

オットとの結婚前に、共通の恩師と友人達との飲み会に参加
した時、オットのいないところで恩師に言われた。

「ああ見えて、あいつはナイーブな奴だからな」

なななななナイーブなんですか?

思いもよらなかった言葉に、酔っていた私は恩師を前に大爆笑
したのだが、
「ナイーブなんだよ」
とさらに念を押されてしまった。

       

結婚後、そのナイーブさを意外なところで発見したのである。

          

二人で温泉旅行に行った時。
夕飯には豪華な料理が並び、その中にはおろしたての新鮮な
お刺身の船盛りがあった。
この魚をおろしましたよ、活きがいいですよ、とアピール度満点
に魚のお頭も添えてあり、口がパクパクと動いていた。

新鮮な魚介類を普段から食べている新潟育ちの者にとって、
ここは「おぉ~~」と盛り上がる場面である

      

・・・が、盛り上がらなかったのである。

見るとオットは眉をひそめている。
「俺こういうの嫌なんだよ」といって魚を安楽死させるべく、
お頭の脳天を割り箸で叩き始めた。

安楽死作戦は思うようにいかず、ついにお頭にはおしぼりが
かぶせられ、
余計に切なさをかもし出しながらお刺身を食べる
形となり、あんなに罪悪感を感じながらお刺身を食べたのは
始めてだったかもしれなかった。                  

         

また、これもある温泉旅館に行った時の話でアワビが出てきた。
そう、踊り焼きである。
一度は食べたかった活きアワビの踊り焼き。        

わーい、くるっくるっ動いている~ 
と言おうと思ったら、明らかに漂わせている空気感の違うオット。
    

味も少し生臭さが残り、期待していたものとは違った為か
「俺はアワビはもういいな」
アワビ絶縁宣言をしたオット。 

              

0607201302_odorigui        

                                          

                                                                                                                                               

生きているものが死んで食べ物と変わる過程を目の当たりにすることに何とも感じなくなっていた自分と、敏感に感じるオット。       

      

食べ物は摘み取られたり、屠殺されたり、さばかれたりしてる
時点で充分にその命を食べ物としてもらったわけだから、余分な
演出はいらないのかもしれない。             

                 

そんなオットの影響で私も、魚の活け造りみたいな動いている
食材は少し苦手になった。

若い頃一度は食べてみたいと思っていた、白魚の踊り食いも
今は無理だと思う。                       

       

でもさ、
でも、煮アワビはもう動かないからいいんじゃないのかなー?
もう調理済みだからOKってことでいいんじゃないのかな。                      

      

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2006年7月19日 (水)

メモ魔3

そんな訳で、タクシーを利用する機会が多くなった私。
もっぱら利用するのは、整形外科の定期受診で都心にある
某大学病院の行き帰りの時。

雨の時は自宅前まで来てもらうが、電車で行くつもりでも
バイクで駅近辺の駐輪場に停めて歩いている途中で気が
変わって、駅前に停まっているタクシーに乗り込むことがある。

         

駅前にいるタクシーは、会社もまちまちなので、車内の綺麗さ、
後部座席のスペースの広さ、運転手さんの応対や運転具合に
当たり外れがある。

でも、一時のことなので、それもまた運というか縁というか、
一期一会というか、そんなもんだと思っている。   

                       

その日、私は例のごとく定期受診の日で、電車でいくつもりだった
がタクシーに乗ることにした。

乗り場には個人タクシーが一台停まっていた。

   

お。個人タクシー、ラッキーだ

    

個人タクシーに対しては、今までのタクシー乗車の経験からいい
印象を持っていた。個人の商売道具なので車種もよくて内装も
綺麗にしている車が多いし、ある程度のキャリアがないと個人
タクシーになれないということで、いわゆるその道のベテランだと
言えるからだ。
実際に道もよく知っていて、応対も運転も比較的丁寧な印象が
あった。

           

乗り込んで見ると、かなり・・・・というか、だいぶ・・・・お年を
召した感じの運転手さんだった。    

行き先を告げると、他の運転手さんのようにルートを聞くことも
なく出発。さすが、長年のキャリア。
道筋なんてものは客から言われるまでもねぇ。
そんな声が運転手さんの、背中から聞こえてくるようだった。          

           

しかしその後、自然と私の手は徐々につり革をしっかりと握り
しめる事になった。

   

運転荒いなぁ・・・と思っていたら、サイドミラーやバックミラーを
見てる気配もなく、突然の車線変更で後続車から、クラクションを
浴びること数回。

だ・だ・大丈夫デスカ

よく見てくださーい(´д`;)

         

それで、運転の様子や車内の様子を密かに観察してみたら、
今頃気がついたが、この運転手さんメモ魔だった。          

フロントガラスや速度計の前や、メーターの下に沢山メモが
貼ってある。鉛筆で走り書きしたようなメモが沢山。
どこかの電話番号や何かの日付、そんなものが多かった。

0607192150_taxi_sako         

                                            

                                           

そして、一番目立って一番いい場所に貼ってあるメモには、
近辺のものらしい簡単な地図と、自宅の文字と電話番号。               

        

運転手さん、ホ・ホ・ホントに大丈夫ですか?

それはお得意様のご自宅って意味ですよね?
まさか、御自分の自宅ではないですよね?

                  

その後も運転手さんは「もう何年もこっちに走らせてないから、
すっかり街が変わって目印がわかんねぇな」とか
「曲がり角には確か警察があったと思ったんだが?」とつぶやき
ながら、無事目的地まで運んでくれた。            

              

外来勤務の時に、認知症と診断された高齢のタクシーの運転手
さんがいて、本人はまだまだ働きたいけれど、家族から引退を
勧められて話し合っていたという事を思い出して、少し切ない
ような何とも言えない複雑な気持ちになった。    

単なるメモ魔であるといいんだけれど。
でもおそらくこの運転手さんの引退もそう遠い先の話ではない
ように思う。
引き際の難しさは、まだまだ私にはわからない世界だろうな。

           

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2006年7月18日 (火)

メモ魔2

東京は数日前から雨続き。060718_1710001_1                   


我が家の布団たたきのカエルさんの出番もなくなり、すっかり
肌寒くなってしまったのでごま猫もピトっと密着状態だ。

          

去年あたりから、都心の病院に行くとき等、タクシーを利用する
機会が増えた。

地元新潟ではタクシーはよく利用していた。
飲み会が好きだったのだが、実家も一人暮らしのアパートも
バスや電車で帰るには少し不便なところだったし、何よりも終電
や終バスの時刻を気にして飲むのが嫌だったのだ。
飲んだ後の贅沢感もいいし、地名をいうと黙っていても眠って
いてもすっと最寄まで運んでくれる便利さがよかった。         

でも去年までは東京ではなかなかタクシーには乗らなかった。

理由はいろいろあるけれど、その一つが「」だ。
道を知らないから。

なんで客が道を知っていなければならないのかと思うのだが、
東京の運転手は必ず道を聞いてくる。
ただのルート確認で聞いてくる場合もあるが、道を知らなくて
聞いてくる場合もあるのだ。 

        

初めて東京でタクシーに乗ったのは、確か友達と新潟から
泊まりで東京に遊びにきた時で、夜、都心のどこかでご飯を
食べて遅くなり、電車に乗るのが面倒で気軽な気持ちで乗った
時だ。

宿泊先「○○町の○○パルクまで」と言ったら、「どの道で行けば
いいですか?」「私達道わかりませんからお任せします」
結局運転手さんもわからず、友達と窓からホテルのネオンサイン
を探して、「あっちの方向に見えました!とりあえずあっちの
方向に走ってください!」といいながらやっとの思いで到着した。

「道を知らないでよくタクシーが勤まるねぇ」とその時は友達と
驚いていたが、もう長いこと東京に住んでいるオットやタクシー
の運転手さん自身から言わせると、広い東京、道を全部網羅
するのは不可能らしい。                

                   

またある時は、皮膚科外来の親睦会が新宿であって、同じ方向の
複数人で乗りあって帰ることになった。夜も遅いし、皆明日も仕事
なので遠慮なくそれぞれ家の前で降りることになり、私はルート上
一番最後になった。
住宅街をクネクネと走り、私の前の先輩が降りる時に、ここから
大通りに出る為の道順を説明していた。
「じゃあ、お疲れ様。また明日ね」と先輩が手を振り、去った後
タクシーは・・・・・動かなかった。

で、どう行けばいいんでしょう

とりあえず、大通りに出てもらえばわかると思うんだけど・・・
「○○通りに出てください」

はい・・・そこへはどう行けば・

、先輩が説明してたでしょうーーー!

いえ、聞いていませんでした

道順を運転手が聞いてなくてどうするーーー!
私だって運転手さんが聞いていると思って聞いてなかったよーー

私、運転手になったばかりで、この辺も全然わからないんです

だったら尚更、ちゃんと聞いていろーーー!
もしくは地図を出せぇーーー!
またはナビをつけろーーー!

とは言えずに私自身もひたすら焦った。
客自身道を知っていないと恐ろしい事になるんだと。

           

そしてある時は、オットと渋谷で飲んで遅くなりタクシーで帰った。
ルートを説明し、「○○(地名)○丁目の交差点を右折に入って
ください。その辺りはわかりますか?」とオットは淡々と運転手
さんに説明した後、ぐーと寝てしまった。

今日はオットが同乗しているので安心。
窓の外の夜景を眺めながら、ぼぉーっとしていた私。

どの位時間がたったのか、ある時道路頭上の青看板を見て
「ん??」と思った。
「過ぎてないか??」
でも確信がもてないので、しばし様子を見る。窓の外の風景を
必死で見るが見覚えのある目印があるわけでもない。
青看板を何枚か通り過ぎやっとおかしいと確信が持てた時点で
オットを小声で起こした。
「○○(地名)って書いてあるけど、通り過ぎてるってことだよね」

朝はあんなに起きないオットががばっ起き、
「運転手さん止めて。だいぶ過ぎているじゃないですか。
あなた道もわかるし、場所もわかるって言っていましたよね。
メーター止めて。戻って。」
「あ・・・いや・・・見過ごしました・・・」
「見過ごしたといっても、○○からだいぶ先ですよ。わかりづら
かったら確認したらいいじゃないですか。」                  

   

こういう場合はメーターを止めてもらい、運転手さんが間違えて
無駄に走った分の料金は払う必要は全くないらしい。

これも私が道を知っていればこんなことにはならなかった話。

それ以来、また駅から歩く距離を確認するのに地図をよく見る
ようになった。この年になった今もこんなところで予習復習。

 

というか、本題のメモ魔2に入る前のタクシーの話が長くなって
しまったので、明日へつづく・・・
ごめんなさい。

   

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2006年7月17日 (月)

メモ魔

何気なくみていたTVに「お。」と釘付けになった。

それはアンデルセン童話の「人魚姫」で、朗読を樋口可奈子、
挿絵がリスベート・ツヴェルガー で、私が釘付けになったのは
柔らかい色使いで外国の香りのする、すこし物哀しい挿絵だった。
日本人にはひらめかないようなドレスや背景の異国らしい風景。
                 0607172136_ninngyohime_1

これは、メモっとかないと。

 

そう、私はメモ魔である。

仕事をしていた時からメモ魔だった。
ソツなく仕事をすることをモットーとしていたので、患者さんの
質問、先輩からのアドバイス、間違った事、間違えそうな事、
みぃーんなメモしていた。

そしてそれは似たようで用途の違う器械がたくさんある手術室
勤務で拍車がかかり、科によって業務手順が微妙に違う外来
勤務ですっかり定着した。                        

            

今は単純に忘れっぽくなったので、メモしている。           

いいな、とその時思って後でそういえば・・・と思い出したい時に
何だったっけ?となっちゃうのだ。         

           

足を悪くして、遠のいた場所のひとつに本屋がある。              

本屋は大好きだが、目的を持って入ってもいろいろな本に目移り
して知らない内に結構歩き回ってしまう油断のならない場所
なのだ。おまけに店によっては棚の間隔が狭かったりすると、
本を読んでいる人の後ろを杖をつきながら歩くのが大変だった
りする。

今では欲しいと思った本は文庫本であれば、歩き回るにも程々の
近所の小さな書店だが、少し重い装丁本や大判の本はネットで
宅配にしてもらっている。

       

それでも本屋で思いつくまま本を手にとって、思いがけない
出会いがあるのが楽しいわけで、そういう時の為に「そういえば
あの本・・」と見られるように、メモして記憶に残しておくのだ。

      

そういう訳で冷蔵庫にはメモや切抜きがいろいろと・・・

「人魚姫」 アンデルセン作 リスベート・ツヴェルガー
アンドレ・エレ
「淀川長治 究極の日本映画ベスト66」
「おてんばルル」 イヴ・サンローラン
「命の番人」 ジョナサン・ワイヤー

世界報道写真展2006     等など・・・・

              

・・・何だかメモは溜まる一方だ。

             

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2006年7月16日 (日)

幻の漬物

0607161738_kyuuri

お隣の奥様から家庭菜園で作っているきゅうりといんげんを頂いた。

昨日はきゅうり、もやし、ハム、トマト、貝割、
それにホタテ缶で中華風の和え物にして食べた。

今日はいんげんと舞茸と一緒にゴマ酢和えにする予定。     

それでも余りそうなきゅうりは浅漬けにして食べようかと思い、
何漬けにしようか考えていたら、ある漬物を思い出した。        

       

きゅうりのシソ巻き漬け                 

                     

味の記憶は鮮明に残っているのに、漬け方のわからない幻の
漬物なのだ。

         

この記憶は看護師の新人時代にさかのぼる。     

地元新潟は米どころとして有名だが、野菜や果物を作っている
農家も多い。
皆、休日に実家に帰ったりすると、収穫した野菜やそれを調理した
ものを持たされて、一人暮らしでは食べ切れない量だったり
すると、よく看護師休憩室にどどーんと差し入れに持ってきたり
していた。

それに限らず、夜勤の休憩時に食べようとケーキを作ってきたり
たけのこ狩りをしてはたけのこ料理を作って持ってきたり、自分
で作ったおかずや漬物を持ってきたり、差し入れが盛んな風潮が
あった。

        

きゅうりのシソ巻き漬けもその中の一つで、人気の品だった。       

これは同期の先輩の実家のお祖母さんが作る漬物で、拍子切り
にしたきゅうりにシソが巻いてある浅漬けの漬物だ。
汁は薄茶色だったので醤油ベースの漬物だったと思うが、いつも
漬けた後凍らせてあり職場で食べる頃には、少しシャリシャリ感
残る程度のキンキンと冷えた漬物で、七味唐辛子が多めに
かけてあり、食欲の落ちる夏にぴったりのさっぱりとしていて
ピリ辛の味だった。

  

あまり気に入ったので、作り方を教えて欲しいと言ったが、
適当に作っているからわからないと言われ、それきり。

今でも、もっとしつこく聞いてみればよかったと少し悔いが残る。

   

しかし私はねちっこい性格なので、喫茶店の昔ながらのナポリタン
と給食でお気に入りだったバンサンスウという中華風酢の物を
記憶を頼りに、納得の味付けをマスターしている!               

この夏は挑戦しようかな。
きゅうりのシソ巻き漬け。             

その前にシソを買って来なければいけなかった・・・                 

               

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2006年7月15日 (土)

そうだ、タイ料理を食べよう!

東京に遊びにきた折に、高級ランチを一緒に楽しむ地元の
友達と8月初旬に会うことになった。

ランチで会おうということになると、お互いの興味あるお店や
エリアの希望がある場合はそれを出し合って決めるが、特に
ない場合は、私のおまかせで決めていい。

      

今回は私のおまかせで決めることになった。
美味しいものに目のない私はいつも精力的に情報を集めて
チェックして候補を絞って案を2~3件提出するのだけれど、
この連日の暑さ、頭もやる気も働かない。           

う~・・・暑い・・・・・

暑い・・・・・・

暑い?・・・・・

               

(゜▽゜)!

                

そうだ!タイ料理を食べよう!

暑いんだから暑い国の料理!                              

                                   

                

タイ特有のパクチーやニョクマム等は決して得意というわけでは
ないのだが、私はタイ料理が大好きである。         

タイ料理との出会いは地元新潟ではタイ料理の先駆け的な存在
である「蘭タイ」というお店のココナツカレーだった。
古い記憶なので確かではないが、たぶん「鶏肉となんとかの
グリーンカレー」とか「海老となんとかのレッドカレー」みたいな
カレーだった気がする。                          

            

当時、世はすっかり激辛ブームで辛いものが氾濫していた。
辛いものが苦手だった私はブームを恨めしく憎み、早くブームが
去ることを念じていた。           

最近出来た美味しいタイ料理のお店に行ってみようと
誘われてタイ料理が何たるかも知らず、ただもの珍しさで注文した
タイ料理の数々が予想外に美味しかった。              

そしてココナツカレーとの出会い。
見た目、日本人のカレーの常識を覆す白緑色の汁が登場・・
恐る恐る口にしたら、マイルドで美味しい。
そして後を引く辛さが強烈なパンチを放ちながらやってくる。
しばらく食べているうちに口の中が相当辛くなってきたが、
美味しさに止まらず、これがきっかけで辛いものも克服でき
またひとつ楽しめる料理のジャンルが増えたのである。
            

              

そしてその何年後かにはタイ旅行に旅立っていた。0607151507_tailand_sako

                                          

そこで私はタイ料理にトドメを刺される事になる。

  

海外旅行に行くと、必ずといっていいほど「野菜~、野菜くれ~」と
野菜料理が食べたくなる。

ツアーにのってホテルに泊まり、観光がある場合は特に、
昼はツアー客用の決められたレストランで決められたメニューを
食べ、朝はホテルでバイキング形式のものを食べる。
そうすると出てくる野菜は圧倒的にサラダでいつもいつも
レタスとトマトとそんなもの。
フリーの旅行でもホテル内で食事をとると、野菜料理といえば
スープかサラダ系ばかりだった。

 

ところがタイでは野菜料理が豊富。

炒め物でもスープでも、麺類でも具材が豊富でしかもどれも
美味しい。タイ料理といえば独特の香辛料のイメージが強いが
タイで食べた料理はそういうものばかりでもなく、充分日本人
の口にも合う、塩味や醤油に近いクセのない味や、魚介と
組み合わせて旨みがあるメニューとか、旅行中いつも美味しい
ものとの出会いがあって楽しかった。

   

そういう訳でタイ料理が大好きな私だが、つきあって食べに
いってくれる人が身近にいない。
オットは食の冒険者ではないからだ。              

          

今回の友達とのランチは貴重なチャンス到来。
思い出しただけでも、いい意味で汗が出そう。
あぁ、タイ料理ラブ。
待っててねぇ、タイ料理。

           

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2006年7月14日 (金)

気合の投稿

0607141127_tennnimo_noboru_sako_1

東京は連日の猛暑。

既に夏の気配を感じる暑さ。
梅雨明けももうすぐだろう。             

       

今日午前中思いがけない電話があった。        

新聞社から私が以前に投稿したものを掲載するという電話だ。
投稿したのは2月の下旬。すっかりボツになったと思っていた
ので、驚きと感激もひとしおだ。

久々に味わった天にも昇る夢心地~

              

私の投稿歴は高校一年にさかのぼる。

何を思ったのか私は新聞の読者投稿欄に投稿した。
おそらく「採用された方へは薄謝」の薄謝に惹かれたんだろうと
思う。

高校当時、欲しいものがいっぱいあって常に金欠だった。
高校3年でキリのいい5千円のお小遣いだったのを覚えている
から1年はもう少し少なかったと思う。             

       

高校はバイト禁止で校則も厳しかったし、部活に熱を入れていた
のであからさまなバイトはできなかった。
必要なもの以外はおこづかいで、という我が家の方針に
ド真面目に従っていた私は少ないお小遣いから、部活の後の
パンやコーヒー牛乳代、喫茶店代、洋服代、映画館代、レコード
のレンタル代、そして美容院代までやりくりして自分で捻出して
いた。
大人になってから弟に「そんなの俺出してもらってたよ」と聞いて
エラく脱力したのを覚えている。             

         

かくして初めての投稿が採用され、高校生にして約一か月分の
お小遣いに相当するお金が手元に入った。
お財布の潤い感に舞い上がり、自分の文章が新聞の活字に
なった何ともいえない喜びを感じた。              

       

それ以来、私にとって投稿とは困った時の最後の切り札的な
位置づけとなったのである。                   

              

アパートで一人暮らしをしていた看護師時代に捨て猫を拾った
時も、動物病院と繁華街の里親募集の掲示板コーナーで里親を
探していたものの、いざとなれば新聞投稿があると能天気に考え
ていた。
この時も基本のしつけの進み具合とかわいい盛りの成長具合を
みて、いよいよ焦らなければならなくなった頃、気合の投稿は
新聞掲載されて、多くの方から問い合わせがあった。    

        

最後の切り札的な投稿なので、しょっちゅう投稿するわけでは
ない。
最後の切り札なので、文章を練り、気合一発で書き上げる。      

これには私なりの法則があって、集中できて文章がさらさらと
短時間で書き上げられた時は採用されることが多く、時間が
かかってなかなか書けない時は自分でもいい物が書けなかった
と感じ、出してもボツになるので、結局投稿しないことにする。      

今のところ、採用確立は4勝2敗。
私にしては、まずまずだ。

     

投稿が採用された高校生の頃、大人になった時の夢の青写真
があった。
自宅で陽のあたる気持ちのいい部屋で、猫や子供とのんびり
しながら物書き(又はイラスト)をしながら暮らす風景。  

    

看護学生の頃に味わった、膨大な記録やレポートや論文の嵐が
もう文を書きたくないと思わせた。看護師になってからもやはり、
研究論文に追われ、出張レポートをまとめ、仕事として考えを
文章にしてまとめあげる大変さがつきまとい、すっかり物書きと
いう職業(副業)の気持ちが失せてしまった。

                 

今はいざという時もなければ、切羽詰った状況もないけれど、
自分自身にようやく気持ちの余裕が出てきて、世間のいろいろな
事に好奇心が向けられるようになってきたのだと思う。

                

今のブログを毎日書く生活は、ある意味昔憧れた物書きの青写真
の風景と重なる。
職業ではないけれど何かを書くということが楽しいので、それで
充分かなと思ったりして。           

   

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2006年7月13日 (木)

分身

オットの優しさはわかりやすい。        

        

外出や旅行に誘ってくれることもある(計画は私が立てること
になるけど・・)が、私が家にこもりがちになってからというもの
これは面白いんじゃないかなと思うゲームのソフトを買ってきて
くれることが多くなった。                 

     

といっても、ヤミクモにするわけでもなく、決まったものしかしない。
二人の好きなゲームの趣味も似ていてもっぱらロールプレイング
系だ。
あまり暴力的なものや暗い絵柄や怖いものは好みではない。
明るい絵柄で冒険的でわくわくハラハラするようなものが好きだ。              

       

私達はパチンコも競馬もしないし、漫画本もあまり見ない。
その代わりというわけではないが、結構ゲーム好きだったりする。
二人とも夢中になりやすいので、日常生活の時間をゲームに
振り回されることのないようにしようという約束だけはしている。

             

           

そして今勧められてやり始めたのがオンラインゲームだ。                

最初は抵抗感があった。

面倒くさそうだし、ネット上のつきあいで以前に嫌な思いをした
ことがあって、プレーヤー同士でチャットで会話したりという交流が
あるのも気が進まない感じがした。                  

          

ゲームは単純に言えば、モンスターを倒して経験を積みお金を
稼ぎながら、少しずつ難しくなる課題をこなして自分のキャラク
ターを育てる内容だ。

人との交流が苦手ならソロでも活動できるし、チームに所属しても
いいし、その場限りのチームを組んでイベント(モンスターを倒す)
に参加してもよし。

  

そんな説明をオットから受けたが、しばらくは
いいよ。別に。やらない。
と言いながら、オットのゲームぶりをちょっと覗いてみていた。

               

で、ある時何となく試しにやってみようかなと思い、やり始めたら
面白い。        

0607131704_lc2_sako_1   

私の分身が身軽な動きで野を駆け、山を駆けモンスターを倒していく。
危ないところを助けてくれた人に声をかけられチームに入った。
それからは同じチームのメンバー同士で励ましあったり、課題のクリアを助け合ったりしている。                           

        

現実とは違う姿かたちの私の分身は、まだ未熟者で助けられる
事が多い。動きが鈍クサく、たぶん面倒をみてあげたくなる女の子
的なポジションかもしれない。
現実ではそんな風にはみられてはいないだろうな。
決して自分とは別の性格をつくっているわけではないんだけれど、
くすぐったいような嬉しいような気持ち。

 

現実とは違うバーチャルな世界なのに、やはり礼儀や挨拶は
基本で、会話の中でもいつも元気で愛嬌のある人、大人しそうな
人、優しい人、ぐいぐい引っ張っていく人、姉御肌の人、語る人、
淡々として仕切り上手な人、現実社会でもこうなんだろうなという
様々な性格が垣間見える。     

そして、これまた現実と同じように、武器も防具や装備も一生
懸命働いてお金を稼いで、貯めなければいいものが買えない。
貧乏暇なしでせっせと働いて地道にお金を貯めている。
商売上手な人や作るのが上手な人は余裕が出てくるし。

              

現実とは違うのに、現実と同じ社会の縮図がみえるオンライン
ゲーム。                    

                 

それでも現実と大きく違うのは、病気の人が一人もいなくて皆が
元気いっぱい走り回っていること。                      

      

私の分身だって今日も仲間と一緒にどこまでも駆けていく。
行け行け、私。
走れ走れ、私。
GO!GO!私。

            

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2006年7月11日 (火)

一筋の光

・・◎・・◎・・◎・・本文の前にお知らせです・・◎・・◎・・◎・・

 7月11日14時~7月13日14時までサーバーメンテナンス
 のため管理画面に入れなくなるそうなので、この間またまた
 ブログの更新ができません><
 これで改善されることを期待して、そしたら更新もまたがんばり
 ますのでよろしくお願いします。

・・◎・・◎・・◎・・◎・・◎・・◎・・◎・・◎・・◎・・◎・・◎・・◎・・

     

0607111150_shinsatu 昨日整形外科の定期受診日だった私。

同じ整形外科だが、午前は膝専門外来で午後は足関節(足首)専門外来の一日がかりの受診だ。

来週月曜日が祝日なので予想通り外来は混んでいた。

今日もあまり話せないかも・・・
といってもう慢性的な症状が固まった障害という病状なので
そうそう話すこともないけれど。
元看護師としては、簡潔にこの6ヶ月の中での様子を報告すれば
いいだけだ。

症状の波はあるものの、おおむね落ち着いていた。
鎮痛剤は1~2錠/日だったのが、0~1/日になりつつあるし、
朝は足首の腫れが引いている日も出てきた。
悪い事といえば、膝がさらに固まってますます歩きにくくなった
感じがするようになったこと。
実際すごく歩行に時間がかかるようになった。

        

そんなことを報告。

    

そうしたら今日は忙しいにもかかわらず先生はいろいろ話をして
くれた。

膝は「関節の拘縮」というよりは、それよりさらに硬い段階の
「強直」状態であるということ。
しかし固まり方としてはいい位置に固まったので痛みが抑えられ
やすいと思われること。

そして先生自身はこのままいければいいと考えているが、他院
にはここまで固まった膝関節でも積極的に人工関節手術を行う
方針の専門医もいることはいる、ということ

           

ほぉーー!!いるんですかーー!!

               

後は人工関節手術に伴うリスク(危険)生活のレベルについて
の私自身の考え方が何を優先させるかという決断にかかって
くるそうだ。

   

人工関節の最大のリスクは感染だ。
自分の駄目になった関節を取り除き、人工物を体内に埋め込む。
感染にやられると骨は最悪溶けてしまう。

手術室勤務時代を思い出すと、整形外科の手術はこの感染に
対して非常に神経を使っていて、クリーンルームという一般の
手術室よりさらに無菌に近い特別な部屋を使ったりしていた。
マスクも帽子もさらに滅菌されたものを2重に装着し、目しか
出てない不気味なイデタチ・・・
それだけ細心の注意を払っていても、感染や異物反応を起こして
人工物を受け入れられない人もいる。

整形外科病棟の経験がない私でも、感染を起こしてしまって
自分の骨が駄目になり人工物も感染が治まるまで入れられず、
長い間ベット上の生活で、毎日洗浄等の処置をしながら入院生活
を送っている患者さんを何例かみた。

 

私の主治医の先生が何故その方針ではないかというと、長い年月
をかけて、やっと炎症という名の山火事が治まり、不自由さはある
ものの痛みも落ち着いて日常生活が今はそれなりにできている。
だから人工関節を入れるという行為は、やっと治まった山火事の
後にマッチを入れるようなものだと考えているそうだ。

何も起こらず人工関節がぴったり合えば、生活の質は劇的に
変わるかもしれないけれど、逆の場合もあり得るそうだ。

                 

そんな説明を丁寧にしてくれた。

結局どちらにせよ急いで結論を出すべき問題ではないのでゆっくり
考えることにした。

どういう結論を出すにせよ、人工関節の可能性もないことはない
という現実的な新たな光が見えただけでも嬉しかった。         

                    

午前中の診察を終えて少し夢をみていた私。
旅行や買い物やまた活動が増える可能性があるというだけで
楽しみが増える。

                 

午後は足首のレントゲンを撮ってから診察。

「前と変わってないね。3箇所軟骨なくなってるまま。
出かける範囲を増やそうとか、活動を広げようなんて
くれぐれも思っちゃ駄目だよ」

                     

そうですか・・・
足首はやっぱりその方針なんですね・・・・・
性格まで見透かされたようなクギをさされてしまった・・・

             

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