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2006年5月31日 (水)

障害者との距離感

恥ずかしながら、眼科病棟に勤務の経験がありながら、その
後の外来勤務を経験するまで視覚障害者の歩行時の一般的
な誘導の仕方を知らなかった。

誘導する際はジェントルマンのように自分の二の腕か肩につか
まってもらい、すっすっと歩けば良い。
後は自分が何気なく避けてる段差や障害物、人の流れをその
人も一緒に自然に避けれるように一体化して歩けばいいだけだ。

今は私自身の歩行が不安定で遅いので誘導は無理(視覚障害
者は意外と普通に早足で歩く方ばかり)だけど、以前は改札前
の込み合っている券売機前なんかで誘導をしたこともある。                   

普通に皆が気をつけるのが邪魔にならないように避けること。

でも、もう一歩手を差し伸べることができたら・・・
そんな出来事が少し前にあった。                                 

                       

その日私は電車に乗っていた。しっかりつかまっていられる
ドア脇の棒が私の定位置で、珍しく反対側のドア脇には視覚
障害の男性が杖を持って立っていた。
一人で電車に乗って、あちこち行けるようになるまで大変だった
んだろうなと思いつつも、もう慣れた経路なんだろうか、等と
想像したりしていた。

あるホームに到着してその男性が降りて行った。
まっすぐに電車が止まっている向かいのホームに歩いて行く。
おそらくいつも乗り換えているルートなんだろう。
○時○分の電車の○両目に乗って○○駅で乗り換える。
このまままっすぐ歩けば、丁度向かいの電車のドアにたどりつく
ことができる・・・・・

はずだった。

                  

男性が歩くはずのホームには自動販売機があって、たまたま
業者が飲み物の補充をしていた。
ホームにはダンボールの箱がいくつも置いてあり、このまま
まっすぐ歩く男性の障害物となるのはまちがいなかった。

当然杖がダンボール箱に当たり、障害のない歩ける道を探す
ために男性が少し右往左往していた。
缶ジュースを補充する業者の人は手を止めて自分が邪魔に
ならないように除けて男性を見守っていた。

ほどなく男性はダンボールを除けることができて、向かいの
電車に向かって歩き始めたが、電車のドアは閉まり発車し始め
ていた。
それに気づかないため、どんどんスピードをあげて走る電車に
一直線に歩いて行く。おそらく普段ならぴったり乗り換えできる
わずかな時間であるのか、男性は焦っているように見えた。

危ない。誰か教えてあげないと。

加速していく電車にぶつかる、線路に巻き込まれる、と思った
瞬間慌ててかけよった女性に引き止められていた。
それでも、すぐには状況が飲み込めなかったらしく、片足をあげ
て電車に乗り込むようなしぐさが見えた。

                                   

あの時缶ジュースの業者の人がほんの少し、誘導してあげた
なら・・・と思ったけれど責めるつもりはない。

わからないということは、どうしたらいいのか想像できないという
こと。思いが及ばないことだから仕方ない。

そういう私も、例えば電車や人ごみの中で大声で独り言や歌を
歌っている知的障害者と思われる人には本当はどう接するのが
いいのかわからないから黙っている。
若くて健康だった頃は自分がいかに颯爽と歩くかということに
関心があって、歩行が不自由な人を見ても大変そうだな位しか
思いが及ばなかったように思う。

                   

出歩くと、親切に声をかけてくれる人が増えたように思うこの頃。
きっと自分にできる親切の形がわかっているんだと思う。
いろんな障害の人が街中で大変だったり苦労したり、困っている
姿を見せる。それを助ける人がいる。その光景をみて、こんなとき
はこうすればいいんだという理解が生まれる。                          

そうやって障害者との距離感は埋まっていくのかもしれない。                    

                           

          

こんないいお天気に家でこもってないで外に出た方がいいと
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2006年5月30日 (火)

鼻血ぶー

 0605301750_hanadi_bu_1          子供の頃に私のハートをわしづかみにした
 「鼻血ぶー人形」(イメージ映像)  

                   

 幼稚園のバザーのイベントで釣堀なるものが
 あった。
 釣堀といっても本物ではなく、教室の一角を
 柵で囲って先生が色紙で作った魚を釣るもの
 で、中におもちゃが入っていた。

その中にあったのが、この「鼻血ぶー人形」(さこ命名)
太ったお腹を押すと、大きな鼻の穴から筒状の赤い鼻血が
ぶーっと飛び出て、お腹から手を離すと何事もなかったように
鼻血が引っ込む。
あんまり気に入って遊びすぎたもんだから、鼻血部分が破けて
壊れてしまった。

幻のおもちゃ。今でもどこかで見つけたら絶対欲しいと思うの
だが、それ以来見たことも知っている人にも出会った事がない。                            

 

花粉症になってからというもの、花粉シーズンによく鼻をかむ
せいか、右側だけ粘膜が傷んでいるみたいでよく鼻血を出す
ようになった。くしゃみをしたり、鼻をかんだ後にでることが多い。

昔は出したくても鼻血なんて出さない頑丈なタイプだったのに、
今ではちょっとした刺激でもツツツ~と流れてくる。
でも、毎度のことになって慣れてしまい、出てもすぐに止まるの
で私にとってはなんてことない出来事のひとつだった。                   

昨晩、夕飯を食べていた時にくしゃみをして鼻をかんだ。

ツツツ~。

「あ。」

「鼻血でた。でもすぐ止まるから。」

私は納豆ご飯を詰め込んだ口でオットに説明。

「うん。」
オットも平然とした顔でうなずき、ご飯のおかわりをよそう為に
立ち上がった。
お茶碗を持って私の脇を通り過ぎようとしたその時、

                        

私の鼻根部をぎゅううっとつまんで押さえた。                       

                                   

!!!
あぐ、あぐ、あぐ・・・・
(ご飯飲み込みたいのに息できない・・・)

                              

そしてさらに押さえながら、私の顔を上向きに。

                     

いやいや、昔は仰向けが定番だったけど、今は顔は
下向きが基本なんですけど。(力が強くて逆らえない)

          

下から見上げると鼻を押さえ続けるオットの得意満面な顔が。

               

可笑しいやら、納豆ご飯飲み込みたいやら、息苦しいやら。          

                        

「こ、こ、殺す気か~っ(笑)!」
全てが限界に達しオットの腕をつかんで振りほどいた私。
オットの愛を感じつつも正しい鼻出血の対処法について伝授
した元看護師の妻なのでした。                      

                                      

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2006年5月29日 (月)

幹事の特権

最近、足の調子はまずまずだ。
昨日スーパーの焼き鳥コーナーの前で、床にこぼれていた
タレの上で杖が滑って危うく転ぶところだった。
今、調子いいんだから、ヤメテーー!
すごくドキドキした。

梅雨前で暑すぎずのどかな季節。気圧の大きな変動も一段落
しているこんな季節が活動にもってこいの季節。     

                    

昔から旅行好きの私としては、旅行の虫がウズウズする季節。
幸いオットの忙しさも若干落ち着いてきたので、久しぶりに1泊
の旅行なら可能みたい。最近の旅行といえば、あまり長い距離
を歩けなくなった私に合わせて、ドアtoドアで露天風呂付の
部屋にこもりきりで翌朝帰る、みたいな旅行パターンが定番だ。
元々二人とも癒しがテーマで来ているのと、出たトコ勝負と
いうか適当主義なので
「この後どこか見て回る?」
「別に、いいかな。」
「じゃ、帰るか。」
となる。

今からこんなで年寄りクサイ・・・・

それでも、それは毎回でもなく、それなりに通りすがりの牧場
に寄り道してぼぉ~っと過ごして帰ることもあるし、少し離れた
観光スポットに寄ることもあるのでいつも老人パターンという
わけではない。              

ドアtoドアの巣ごもりのような温泉旅行も好きだけど、今回は
「ちゃんとした旅行」がしたいというのが密かに抱いている私の
野望。温泉行って来た~だけでなく、○○を見てきたという
イベント付きというか、イベント主体で温泉付きという旅行。

そういう野望があると旅行の幹事も快くやる気満々になる。                  

                         

最近、友達とご飯を食べるにしても、こんな風に旅行をするに
しても幹事というかお店を決めたり集合場所を決めたり、プラン
をコーディネートすることが多い。
昔も元々幹事役をすることが多かったが、ある時からすごく
億劫になってやりたくなくなった。別に原因はないけど、ただ
面倒くさい気持ちの方が勝ってしまったからだと思う。                  

今は思うに、身体が不自由だったり事情を考慮して欲しい
側がコーディネートをするのが当然だし自然だと実感して
いる。
やはり細かい部分は本人でないとわからない希望・要望が
あるからで、逆に「手続きとか申し込みとか大変じゃない?
幹事やるよ」と言ってくれたとしてもやっぱり引き受けた方は
悩むと思うし、これで大丈夫かなとわからないこともあると思う。

配慮される側が調べて考える。お店や旅館や待ち合わせ場所、
交通手段、イベントを考える。
障害や不便があると、何かにつけて健康な人にやってもらった
方がいいのではという感覚がお互いにあると思うけれど、
イベントごとの幹事に関しては、障害がある側が引き受ける
べきと思う。

              

そんなわけで、午後からずっとネットや旅行本と向き合っている。
一応オットが行きたいと言った場所も盛り込むけれど、その他に
関しては思い切り自分好みのプランを立てようとしている私。             

             

いいんです。
それが幹事の特権なのですから!                         

    

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2006年5月28日 (日)

美術館カフェの午後@ちひろ美術館

今日は午後から以前から行きたいとさりげなくアピールして
いたちひろ美術館へオットと共に出かけていった。

ちひろ美術館は閑静な住宅街の中にあって、いわさきちひろ
が晩年過ごした自宅跡に建てられた美術館。
数年前にバリアフリー式の2階建てに改装したということで
こじんまりとしていて綺麗でフラットな美術館だった。
生前ちひろが愛した庭も手入れされ、仕事場やアルバム、
愛用の品なども展示されていて、そこで仕事をしている姿が
目に浮かぶようだった。

今回のちひろ美術館の目的のひとつは「長新太回顧展」で
絵本の原画を見ること。

私のお気に入りの絵本の原画はなかったが、原画は絵本
サイズではなくかなり大きな作品で、間近にみると絵から訴え
出る迫力というかメッセージ性が伝わってくるようだった。
漫画家からスタートした長新太さんの絵は、常に面白い物を
求め「最大のライバルは子供」というだけあって、ちょっと
普通の大人では考えつかないような可笑しな発想が一枚の
絵から強烈に放たれていて、絵と向き合っているだけなのに
なんかこっちまで可笑しい気分。
また、アンリ・マティスを好んでいたというのも初めて知ったが
それもうなづけるような鮮やかな色使いも、原画ならではの
魅力だった。                                                 

「長新太回顧展」の後は、第2のお目当ての館内のカフェへ。
館内のカフェといっても、玄関脇のホール内とデッキにある
簡易的なスペースのカフェだが、そのこじんまり加減がこの
アットホームな美術館に合っている。

私はおやきとほうじ茶のセットを、オットは紅茶を注文。
おやきがまたデカイこと。
二つ付いてきたので二人で分け合って、雨上がりの外のそよ風
の中熱々のおやきとお茶をほおばりながら、ゆっくりと休日の
午後を過ごしたのだった。                                        

美術展は大好きだけど、大規模な物も多く一回の閲覧で
さっと回っても小一時間はかかってしまう。
夢中で見ているので、後でぐったりすることも多いが、
こんな風な展示品の数は限られていても、厳選されていたり
工夫されていたりして、作品を身近に感じられゆっくり向き合
える美術館もいいものだなぁと思った。

なんか、庭の花を眺めながら美味しいお茶やケーキを食べて
そこにお気に入りの絵もあるっていう美術館。
ちひろ邸にお茶を飲みに行く、みたいな。
そういう美術館もいいかもしれない。

060528_1952001  ショップで絵本「いない いない ばあ」
 のTシャツを購入。瀬川康男氏の挿絵も
 こんな風にプリントされるととてもラブリー。

今日はシアワセな午後のひとときを満喫した。                               

                   

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2006年5月27日 (土)

ふわふわのパン

我が家の朝食はパン。
大きなお皿に野菜や卵の料理、果物とパンを盛り付けた
ワンプレートスタイルと入れたてのコーヒーに牛乳で一日が
始まる。 

                                                                 

子供の頃我が家は3食ご飯派だったが、実は子供の頃から
パンが大好き。何が好きってあの焼きたての食パンのふわふわ
感と匂いが大好きで、食パンに顔をうずめて思い切りパンの
匂いを嗅ぐのがたまらなく好きだった。

近所のパン屋からはよく焼きたてのパンの匂いがしていた。
食パンを買うと、注文でクリームを塗ってくれる。
店の奥から一斗缶を持ってきて、イチゴクリームだのホイップ
クリームだのピーナツバターを大きなヘラですくって塗ってくれる。
我が家では白いただの食パンばかりだったが、たまにクリームを
注文するときは嬉しかった。                                        

ここのパン屋は中学校にも出入りしていて、お弁当を忘れた生徒
の為に注文制でホイップクリーム付の食パンを売っていた。
私はたまにはこの食パンが食べたかったけれども、栄養がない
からとあまり買ってもらえなかった。                                    

時折、夕飯はパンの日というのがあった。おかずはパンに合う
シチューなんかが用意されているけれど、お金を渡されて好きな
パンをそれぞれ2個ずつ買ってきていいという日だ。お金を握り
締め、兄弟で連れ立ってパン屋まで走って行った。
今でも、パン屋でトレーとトングを持ってどれにしようか悩んだり
選んでいる時の方がお金を出して買っている時よりも断然楽しい。

                    

高校に入ると出入りのパン屋は3店舗に増え、昼休みに各階の
廊下に出張の出店を開いて売りに来ていた。
各店にそれぞれ人気のパンがあって、早くいかないと売り切れる。
人気があったのは、デニッシュを円盤状に薄く巻いてあり中心に
カステラのようなふわふわの黄色い甘いパンが目玉焼きの黄身の
ごとく乗っかっている、通称「UFOパン」だ。

4限の授業の前にグループでパンの注文をし、買いに行くのは
廊下側の後ろの席の人と決まっていた。
授業が終わり委員が号令をかける。
「起立」  ここでパン当番はしゃがむ。
「礼」   ここで足元の風通し用の小窓に身体をもぐし始め、
「着席」 皆の椅子のガタガタという音に紛れて猛ダッシュ!                      

                                                  

今でもパンは固い歯ごたえのあるバゲットよりも柔らかいパンが
好き。我が家の食卓に上がるのは食パンやクロワッサン、ミルク
ロール、ぶどうパン、デニッシュ等だ。
幸いオットもそうなので食卓はいつもふわふわのパンが登場する。

今日も焼きたてのトーストの匂いを堪能しながら、遅いブランチで
ゆっくりとした休日が始まった。
東京は今日は雨。紫陽花がすごい勢いで育っている。

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2006年5月26日 (金)

リハビリは自分との闘い

ごま猫の身体は柔らかい。毛並みも密でいわゆる猫っ毛という
細い毛ではなく、祖先は寒い地域の猫かと思う位びっしりとした
短毛で気持ちいい肌触りだ。
そんな柔らかで滑らかでたるんだお腹のあたりを、もにょもにょ
と撫で回すのも好きだが、後ろ足のぎゅっと盛り上がった筋肉
を握ってみるのも好き。
ちょっとカエルの後ろ足を思い出す。

そりゃそうか。カエルも猫も自分の背丈の何倍も高い場所へ
ジャンプすることができるのだから、大腿の筋肉も発達して
いるはず。                                           

人間が加齢や長期安静なんかで活動性が減った場合に衰え
やすいのは、まず大きい筋肉からだと言われていて、その代表
例が大腿四頭筋だ。
腿の前面の大きな筋肉で立ち上がる時や足を上げる時(歩行時
の足の運び)に使われる筋肉。
足腰が弱るとか関節を悪くして足を鍛える場合は、まずこの
大腿四頭筋を鍛えるのが基本となる。

                                                                

初めて膝の手術で入院した後はリハビリテーションも並行して
行った。筋力保持と関節の可動域拡大目的だ。
その時に基本の大腿四頭筋訓練の方法は習ったし、可動域
に関しては痛くしない(痛いところまで無理にしない)のが基本
と理学療法士から教わった。
ゆっくりと時間をかけて痛いか痛くないか直前の所まで曲げて
保つようにする。無理をすると傷めることがあるからと。                               

その割にスポーツ医学が専門の医師の外来に行くと、
「どう?足曲がるようになった?」と聞かれ、「そこのベットに
座って足をだらんと降ろしてごらん」 

??
言われるままにベットに腰掛けた途端、先生がぶらぶらして
いる足を正座のように力ずくで折り始めた。エイ!エイ!エイ!

ぎゃぁぁ~~~~!!!(>д<;) 必死にこらえるワタシ
な・な・何をする~!
痛くないのが基本じゃないんかい。

                                        

今現在、膝が悪い方の足の筋肉はすっかりやせ細っている。
左の健康な方の腿は逆にごま猫のようにモリモリしている。
足を悪くして18年程経過した。
治療に関してはそうでもないが、リハビリに関しては後悔が
つきまとう。
リハビリも最初は指導を受けるが、その後は日々の生活の
中で自分の体調に合わせて調節しながら継続するという
自己管理の世界になる。

ある期間は真面目に一生懸命していたが、仕事が忙しくなると
これだけ歩き回っているからいいかとか、仕事を終えて帰宅
すると足の疲労感や関節が痛かったりして筋肉トレーニングも
やったりやらなかったり。

無理をしなくて正解だったのか、無理してでも続けた方が
よかったのか。仕事や旅行で歩き回ることでリハビリの代用
を果たしていたのか、逆に負担だったのか。
スポーツ選手は怪我や故障で手術をしても、厳しいリハビリ
やトレーニングをして復帰してくる。私にもそれだけの根性や
指導があったなら、筋力低下も最低限に抑えられていたんだ
ろうか。                                                        

現在は医師に筋肉が弱ってきていることに対して危機感が
あって普段こんなふうにトレーニングをしているけれど、
調子によって休むこともあるしなるべくこの位の回数をこういう
運動でしていると聞いてみても、
「いいよ、それで。無理しないでね」

いいんですかね、これで。
必要ならストイックな部活スタイルでもがんばりますけど。    

先日NHKの健康番組で膝関節症の特集をしていた際、大腿
四頭筋の訓練について専門医は具体的に一日6回と答えて
いた。6回とは相当な回数だ。私はせいぜい朝晩の2回。
そして続けることが大事。一日6回を毎日続ける。2~3週間で
変化が実感できるとも述べていた。

こんな風に具体的な期間目標ができれば頑張れるかも。

            

そしたら先日のNHKではさらに過酷なアドバイスが。
手指の腱鞘炎の予防で自分でできる予防トレーニングとして
腫れをひかせる為に手を心臓より上に上げる(画面では殆ど
授業中の生徒のようにまっすぐ高く上げていた)のを
一日50回行うようにしてください、と。

さすがにアナウンサーも
「ご、50回、ですか?」
「はい、しょっちゅうということです」(堂々と答える医師)              

所詮自分との闘いっていうのは厳しいものなのだ。                      

                                  

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2006年5月25日 (木)

変わったトコ、変わらないトコ

今日、我が家に高校時代からの友人が遊びに来た。

彼女とは高校時代のソフトボール部で出会い、それから
同じクラスになり、同じ看護短大に進学し臨床実習グループ
も同じ、そして就職した病院も同じという長いつきあいだ。
それだけに高校、部活、看護師仲間と共通の友人も多くて
グループでワイワイ集まることが多く、二人きりで喋ったり
するのは実は高校とか看護短大以来だったりするかも
しれないな、なんて思っていた。                                

駅まで車で迎えに行くと、いたいた。
「私はいつも会う時がMAX(最大)だから」と言っていた割に
体型変わらないじゃないの。
昨日ホテルに宿泊して出張先から直接来たのに荷物が多い。
重そうにハフハフと歩く姿も何だか変わらない。

本日のおもてなしメニュー(写真撮り忘れた・・)
 ・ごはん、味噌汁
 ・海老、イカ、スナックエンドウのチリソース炒め
 ・あさり、小松菜、しめじの辛子和え
 ・中華風春雨サラダ
 ・杏仁豆腐、イチゴと共に

という中華風メニューにしてみた。(ま、普通のご飯だった)                             

               

二人して食べているんだか、喋っているんだか、お互い聞いて
いるんだか、いないんだか・・
笑ったり、口をモグモグしたり、かばんからいろんなものを取り
出して見せたり何かとせわしない。
昔もこんな感じだったんだろう。
ただ私たちの話題が、以前は部活の練習の話や好きな歌手や
男子の話、進路や悩みや洋服の話だったのが、それぞれの
家庭・家族の話、友人達の近況、職場の問題点や仕事のあり方
看護観の話へと明らかに大人な話題に変化していた。                   

                    

私は看護の現場から離れてしまっているけれど、彼女は今でも
現役で中間管理職。
家庭があり子育てもしながら、委員会や研修・出張に忙しい。

「私たちの若い頃はもっと積極的に何かやろうって思っていた
よね。いろいろやったよ。病棟で患者さん連れてお花見とかさ。」
「このまま進んでも自分の理想の思うような看護ができない気が
してる」
「クレームがきた時、自分にまちがいがなければ看護やしたこと
については謝る必要はないけど、不快な気分にさせたことは事実
だからそのことに対しては謝るべきだと思うんだよね」

後輩や上司や仲のいい友達にも態度を変えずにビシビシ言える
芯の強さがあるし、仕事の関しては高い理想(ビジョン)があって
話が熱くなる。                      

彼女は確かに昔から先輩からも後輩からも好かれていたし、
女子校特有のグループができても関係なく皆から好かれていた。
ちっちゃくて、リアクションが面白くてちょっとしたぬいぐるみ的な
人気ではあったけれど、皆は誰に対してもぶれない彼女らしさ
みたいなものをちゃんと感じ取っていたのかもしれない。

どちらにしても彼女は職業人として人間としてずっと先の方を
歩く大人なヒトになったなぁと思った。
私はちゃんと、この年齢なりの成長しているんだろうか。
彼女の熱い話を聞いてそんなことを思ったりした。

                

職場で熱く口うるさくなる分、家ではゆるゆるしているという。
いいよ、いいよ。それだけ仕事に力を注いでいるんだから、
どっちか手抜きになったって。
「私、しょったれだからさー」昔、彼女がよく言っていた言葉。
どちらかと言えば、そのしょったれな部分の彼女の方が昔の
彼女っぽくって愛着がわいたりする。

今回も初日に東京駅を歩いていて、気がついたらパンストが
膝上までずり落ちていたと。

「そこまでずり落ちるまで気がつかなかったの!?
足開きにくくなるでしょ?」

「うん。ロングスカートでよかったよ。トイレを見つけるまでは
これ以上落ちないように股を閉じて歩いていた。
ストッキングの股が膝の上にあるからさー、突っ張っちゃって
スカートの膝上で変な山ができてた。ははは。」 

                      

おいおい。
・・・・こういうところはやっぱり変わらない。

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2006年5月24日 (水)

どうなの?痛みの単位

ある日オットが得意そうに私に話した。

「痛みの単位って知ってる?」

                

・・・・・・・・・は?

               

・・・・・・・・・何ですと?

                   

「痛みに単位はないよ。程度を測るスケールってのはあるけど」

「いやいや、国際的に認められた単位があるらしいよ」

・・・・・・・・・

初耳だなぁ。現場では聞いたことないし。
でも私は外科系ばかりだったので、慢性的な癌性疼痛など
疼痛緩和に力を入れる内科系病棟にはいなかったから、
そういう現場では知る人ぞ知る知識なんだろうか。

オットはさらに続けた。

「その単位はね・・・

                             

ハナゲ

鼻毛を1本抜いた時の痛さが基本の1ハナゲ」

                                                

                                  

ぶぁっはっはっはっは(´▽`)                         

                                                

有り得ません。
あなたは騙されている。                                    

大爆笑の私の側で「いやいや、」とさらに説得したいオット。
オットは本を沢山読む人で、私よりずっと物知りだし世間の常識
も豊富でそれは尊敬しているけれど、

ハナゲって、あなた。

                 

そんな話を思い出してネットで調べてみたら、検索に沢山
ひっかかったけれど、結果やはりチェーンメールの一種で
ガセネタみたい。

以前外出先で歩行時の痛みがものすごく辛くなった時、
自然に歩いている人達を見て、「相当痛いんだけど。今この
人達に私と同じ痛みの体験をさせたとしたら、やっぱりこれは
客観的にみて相当痛いってことでいいのかな。それとも私が
痛みに弱いからこんなに痛く感じるのかな。どっちにしても
この痛さはどうなんだー?」と、心の中でブツブツ文句を言い
ながら歩いたものだった。

例えば仮にその「1ハナゲ」があったとして、ネット上の記事に
よると麻酔無しの抜歯が500ハナゲらしいから、関節痛が200
ハナゲだったとして・・・

・・・200ハナゲって言われても

一度に200ニュートンの力だか、200本まとめてだか
抜かれたことありませんから、結局わかりません!

                                     

ま、痛いものは痛い。
とても痛いものはとても痛い。

それでいいんじゃないのかな。

今朝もこの話題が出ていた我が家。
玄関も出るときも「なんかの新聞で読んだちゃんとした記事
だったと思うんだけどなー」とまだハナゲに未練のあるオット
でした。

漢方薬の鎮痛効果のあるブシ末が3g→5gに増え、ここの
ところ忘れないようにきちんと内服できているせいか、日常
生活上の痛みが和らいでいるみたい。

痛みがないってのはいいことだ。よしよし。

                            

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2006年5月23日 (火)

カウントダウンな性格

あぁ、あれが自分の性格を変える(影響した)転機だったなぁと
いう出来事はありますか?

私の場合は中学2年の転校と看護学校の実習期間と今現在。
転校では無表情に磨きをかけたし、実習では泣き虫になった。
そして今は焦り性っていうんだろうか。                         

                                                                

私生活に関しては割とマイペースでゆるゆるだけど、仕事に
関してはきっちり真面目にしたいタイプ。テキパキ・バリバリと
仕事をこなす自分でありたい。                                  

就職当時私は出来の悪い新人だった。
でもいい先輩いい同期に囲まれていろいろ揉まれて失敗して
経験を積む中で思った。
職場の人間関係とは仕事が土台になっている人間関係なの
だから、いい関係を築く為には仕事ができる人にならないと
いけない。
看護師はチームワークの必要な仕事なので、どんなにいい人
でも仕事が出来なければ本当にいい人間関係は築けない。
そんな経験を得たので、仕事はきちんとこなしたいという思い
がある。
自分ひとりに関する事柄はそうでもないけど、人(友人やオット
の家族やオット関係の人)が関わることとなると、そういう仕事
モードの方の自分が出てくる。

まぁ他人から良く思われたいだけなのかも。というか、自分を
認めて欲しい欲求が強いのかも。あと迷惑とか嫌な思いを与え
たくないとか。
根っこからきっちりしている訳ではないから、最初はスロースタート
で後で猛烈にダッシュして結果ソツなくこなしましたというスタイル。                   

                     

                 

これが足を悪くしてから、何かにつけて私のこの活動スタイルの
足を引っ張る。
何かの準備。ある期限までの買出し。ある期限までにしておき
たい、片付けてしまいたいこと。
そういうこと(課題)ができた時、今までのようなダッシュがきかない。
溜めておいてノリや気合で一気にするってことができなくなった。                  

                  

一気にやりたい、でもできない。
いいんじゃないの、できる範囲ってことで。
でも、きっちりしたい。

で、そのジレンマに対応するべく自分の性格が少し変わって
きたような気がする。             

カウントダウンな態勢。
何だか、焦り易くなったみたい。 
イベントのある日が近づくにつれ、その日に焦点を合わせて
やりたいことが溢れてくる感じ。                                           

                 

明後日久しぶりに地元の友人が我が家にやって来る。
彼女とは高校の部活で仲間になり、クラスも一緒。
その後の看護学校も臨床実習も同じで就職した病院も一緒。
思えば長いつきあいだ。

すごく楽しみだし、以前オットの職場の人達が大勢で遊びに
来るとか業者の人が家の中の点検をしに来るって時と違って
全然焦っても緊張もしていないはずなのに、昨日も台所の
お掃除にハマッて、ここも磨きたいここも綺麗にしたいってことが
次から次へと出てきた。
オットにも頑張りすぎると止められてはいる。
「いいんじゃないの。友達なんだから、ちょっとくらいちらかって
いても。台所綺麗になったし充分でしょ」

                                     

・・・わかっているの

・・・今までに散々恥ずかしい出来事やら自分をさらけ出した
長いつきあいの友達だし、平気なはずなんだけど。                                     

だ、誰か止めて~~ )

                    

ホントこういう性格になっちゃったのかな。
「何事にも動じないオンナ」で通っていたはずの私ですけど。
ちなみに旅行前や帰省前もこの調子。

で、やっぱりこんな勢いづいたカウントダウン態勢にブレーキ
をかけたのはやっぱり右足の不調だった。

あぁでもホント楽しみ。なんだか抑えきれないわ。
散歩前の興奮している犬の気分がちょっとだけわかった。

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2006年5月22日 (月)

見た目でドン引き

昨日の晩御飯は、予想外に仕事から早く帰宅できたオットと
久しぶりに近所の韓国料理のお店で焼肉。
ここのお肉は本当に美味しい。厚みもあるけれど柔らかいし
一度行ったら他の焼肉屋には行かなくなった。

ただ一点、近所と言っても少し距離があるので、健脚なオット
は歩いて行きビール。私はスクーターで行きウーロン茶って
いうのが切ない・・・
焼肉にビールが飲めないなんてー!                               

それはさておき、皆さんは焼肉屋でどんな注文をしますか?

我が家は、タンねぎ塩から始まり、ロース、カルビ(お肉が
しっかりしているので、ハラミ派だった私もロースやカルビに
戻った)、カクテキまたはキムチ、その時によりハラミや
レバーを追加。お肉もお腹に合わせて追加。サンチュで包んで
お肉を食べる。
〆はオットはご飯とスープ(卵か野菜。昨日はワカメを注文して
たな)。私は冷麺(黒と白がある)か石焼ユッケビビンバ。
ここの冷麺も絶品だし、昨日注文したお子様うどんも薄味で
野菜たっぷりで美味しかった!
ふぅ~~、満腹、満腹。

焼肉屋ではなくて看板に韓国料理とあるので、お肉以外にも
メニューはあるのだけれど、お肉の美味しさに負けてあまり
目新しいものは注文していない。                               

昨日私は無償にホルモン焼きが食べたくなった。
オットはホルモンは好きではないので、たぶん注文したら自分
一人で全部食べることになるだろう、と覚悟を決めつつ何に
しようかなー。
メニューを見て思った。焼き鳥の臓物系はいろいろ食べている
けど、牛肉のモツ系は名前は知っているけどどんなのだっけ?
実はあまり食べたことなかったかも。
でも、ここのお肉ならたぶんどれを食べてもおいしいはず。                         

                                                  

注文した。                                            

                  

コブクロを。                                          

                                   

味は辛味のある味噌味で美味しかった。
歯ごたえもまずまず。

でも、見た目でドン引き

どの程度で焼きが完成なのかもよくわからん・・・

                                   

もちろん、オットは手をつけず、網に乗せると焼かれて
縮まったり、キュルっとうごくコブクロを見て一言。

「・・・なんか、○○虫みたいだね・・・」                 

             

言うなーー!!

                 

コブクロは刺身メニューもあった。

○○虫もそうだけれど、実は解剖実習後の記憶がよみがえって
いた私。
これを刺身で食べる人の勇気にウーロン茶で乾杯って感じの
夜でした。

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2006年5月21日 (日)

台所と格闘2

今日も昨日に続き、台所と格闘。
といっても日中はいいお天気だったので他の家事をして、
格闘を本格的に始めるのは夜になってから。
今夜は五徳の漬け置きもするので、晩御飯はお休み宣言を
した!

Tenugui 台所の引き出しの整理をしていると、
ついつい余計なものに目を奪われたりしちゃう。

←お気に入りのフキン・コレクション
 (料理の合間の手拭にしている)

こういう和柄が好きで「かまわぬ」で購入することが多い。
今は出番のなくなったお弁当包みも和柄ばっかり。
こういうものを眺めては、無意味に広げたりたたんだり繰り返す
ので効率が悪いのなんの。

ちっとも進まない台所整理をしていたら、結婚前の引越しの時も
エラく大変だったことを思い出した。

                                     

私が入籍したのは秋だったが、もともと遠距離だったのと私の
職場の都合と引越し先の事情でしばらく別居結婚で、退職と
引越しは年末に、ということになった。

最後に勤めていた部署が手術室で、緊急手術はもちろん年中
無休だが予定手術は病院(外来)の休みに合わせて年末には
終了となる。その最終日に大々的に手術室の「メス収め」という
名の忘年会を行うことになっていた。

「メス収め」では手術室に出入りしていた各科(外科、心臓外科、
小児外科、耳鼻科、泌尿器科、眼科、産婦人科、整形外科、
脳神経外科、皮膚科、形成外科、腎臓内科、麻酔科)の医師と
看護師、臨床工学士等が総勢80人位は出席する一大イベント
で、実際に会の始めには「メス収め」なる儀式を行う。

その年の若手医師と女医が神主と巫女になり、各科部長が壇上
に集められ、今年度の手術が無事に全て終了したことと来年度
も安全に行えるよう願って、紙製でできた大きなメスを奉納し、
儀式は終了。後は飲めや歌えや大騒ぎとなる。
何しろ、皆当直や拘束勤務以外は翌日休みなんだから、凄い
盛り上がりになる。(凄いというかエラい、というかヒドい・・・)

 

私にとっても、事実上この「メス収め」がこの病院での仕事収め
だった。そして翌日にはアパートの荷物をオットの待つ東京へ
送るべく引越し業者がとりにくることになっていた。

皆と飲んで騒ぐのもこれが最後だし、花束やらほっぺにチューやら
いろいろな物をもらって上機嫌な私は、実は引越しの準備は
何一つしておらず、一晩で何とかなるとタカをくくっていた。
それでも、心を鬼にして2次会には参加せず一次会で帰ってきた。

のんびり始めていたものの、酔ってるし上機嫌だし進まない。
そのうちさらに酔ってる手術室の友達から「えー、家なの~?」
「2次会お出でよ~」と電話が入っては喋ったりして、ちっとも
進まない。
頼みもしなかった母が心配をして夜手伝いにやってきた。
「いいよ、一人で大丈夫だよ」
と突っぱねた私だったが、この母が結果的には救いの女神に
なったのだった。

アパートは珍しく押入れが多くて便利だったが、それをいいことに
何でも押し込んでいたので、結果、荷物の整理(引越しにあたって
の要不要)は自分でみないとわからないので、母には台所まわり
をお願いした。

だんだん過ぎていく時間。
皆からお構いなしにかかってくる電話。また調子にのって喋る私。
しまいには深夜1時近く、北海道のネット上の知り合いから
「じゃがいもを送ったら、コロッケを作って送り返すって言っていた
のにちっとも届かない!」という何故こんなときにという怒りの電話
がかかってきて、ちょっと逆切れしそうだったり。
いや、してたかも。

結局、自分は自分で必死に詰めて(詰めていたつもりだけど、
眺めたり考えたりしないで皆箱に入れろと母に怒られながら
やっていた)、母は母で、「何で乾物とは言えこんな古いものが
あるのか」「私が持たせたものが手をつけないで残っている」とか
文句を言いながらも、何とかギリギリ間に合わせることができた。

                         

何年かぶりの完全徹夜だった。引越しが済んだ後は二人して
放心状態、まさに疲労困憊だった。                        

                            

今、台所と格闘していると、ホントあの時母は大変だっただろう
なというのがわかる。時間との勝負だったし。
というか、古いものをため込む性格が私ったらちっとも直って
なかった事がわかった・・・・駄目じゃん。

まあ、今回の台所整理したって事は母には黙っておこうっと。
さ、今夜も台所で夜更かしだ。

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台所と格闘

今日はタイミングを逸して不機嫌な一日。
だいたい一人で期待していたのが悪かった。 

私は数日前から、ちひろ美術館に行きたくて仕方がなくて、
今日は待ちに待った晴れ(というか、28゜Cで暑いんですけど)
ということで、朝からテンションが上がっていた。

ちひろ美術館でのお目当ては最近亡くなった絵本作家の
長新太回顧展。「かさもって おむかえ」とか「ぴかくん めを
まわす」が大好きだったので、原画を見に行きたいと思って
いたのだ。

Photo_1  征矢 清 さく
 長 新太  え
   福音館

そしてオットには「こっちがメインじゃないの」と言われたが
帰りに美術館内のカフェでおやきとほうじ茶を食べて帰ること!

朝、オットを起こすときに美術展には興味がないオットを誘って
みた(実は車を運転して欲しかった)
「近いからいいよ」
ってな訳で待っている間に、午後になり2時になり3時になり、
その間オットは先日交換して積んだままのタイヤを車から
降ろして汗だくになり、汗がひくまで週末に片付けをしておくよう
頼んでいた自分のものを片付ける音がゴトゴトしていて、
そしてもう3時半を過ぎていた。

もう今から行ったって絵はゆっくり見れてもお茶はゆっくり
できない。
だったら、一人で先に行っていたーー。

こういう時、人を当てにしていた為に自分の行動が思い通りに
いかなかった時とか人に頼まなくてはいけなくて自分のペース
で行動できない時には、イライラが募ることがある。
あまり気にしないように、自分のペースや以前のやり方には
こだわらないようにはしているんだけど。

昔だったら、人なんか当てにしないで、思う通りにぱーっと行動
したのにな。(でもこれが本音)

でも、今回はきちんと何時迄には出たいと約束しなかったし、
明日は仕事に行かなければならないオットは今日しか家の
ことはできないんだから、当たれない・・・・
だいたい当たってもスッキリするわけではないこともわかっている。

その後も外出禁止と言わんばかりの暴風と雨で、今日は夕飯
もパスしてデリバリーで。                         

そしてこのフラストレーションをどう解消していたかというと、
台所の引き出しの中の整理整頓と配置換え。                        

すっかりハマッてイライラがいつの間にか無くなったのはいいけど、
収拾がつかなくなってきた・・・・
もう今日は寝るか。すっかり日付も変わっているし。
中断して明日もやろう。どうせオットも出かけることだし。

しかし、なんでこんなに韓国のりが沢山あるんだろうか。

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2006年5月19日 (金)

夢の中の夢

今日も曇天な東京。さすがに一週間も家にこもっていると、
窮屈になる。最近行きたい所ができたので天候が気になる。
お昼頃から雨はやんでいるけれど、降水確率70%では
バイクで出かけるには勇気がいるなぁ、と迷っているうちに
もう日暮れが近くなってしまった。

                        

睡眠不足の時は昼寝で補うようにしているが、夜に比べると
圧倒的に夢をみる。

昨日は祖父のお葬式に行くのに、喪服のパンツスーツのパンツ
が光沢のあるオフホワイトなのに気づいて着替えたり、黒真珠の
ピアスを手にとったはずが派手な装飾のピアスだったり、トイレに
入ればオシッコのもれそうな子供が「ママ」と泣いているし、ワン
ピースのスーツに着替えて借りたストッキングが紫のラメ入り
だったりして、支度が全然間に合わない夢だった。

こういう何かに間に合わないとか、緊急事態に焦る夢はよく見る。
そういう場合、主に舞台は以前勤めていた手術室が多い。

いまはゆるゆるな生活なのに何で未だにこういう夢を見たりする
んだろうか。潜在意識の中とはいえ何をそんなに焦っているんだ
ろうか。

              

今日は昼寝から目覚めてしばらく放心してしまうような夢をみた。           

                   

場所はまさに今私が寝ている寝室で、時間帯も昼間。
完全に現実とリンクしているような設定だった。
寝室にいながら、誰かと私の下肢の件で見てもらう約束をして
いたらしく、時間になると数人の女性と男性の医療チームが
入ってきた。
私が約束していたのは女性でたぶんカウンセラーのような人
だったと思うが、忙しい人みたいでちょこちょこ中座したりして
いた。

その時に、一緒に来ていた男性に「足をちょっと見せてごらん」
と言われ、見せたら理学療法士の徒手でのリハビリのように、
足を持って変な方向に曲げようとした。驚いた私は「足は曲がら
ないんです。無理にすると・・」と叫んだそばから、難なく足が
曲がった。

!!!

その男性は一旦足を元のように伸ばしてから、今度は正しい
方向でゆっくりと膝を屈曲させた。
「・・・・痛くない」
目の前でゆっくり正座のように曲がる足。

ものすごい感激と驚き!

「私もう18年近く足悪くて、もう骨が固まって全然曲がらなかった
んです。どうやって、できたんですか?」堰をきったように言葉を
ぶつけた。整体師だというその男性は私にこう話した。
「整体、一度やってみればいいのにと思っていた。ちょっと歩いて
ごらん」
言われて、ゆっくり立ち上がり、膝を意識して歩いてみる。
長年棒のように歩いてきたためか、膝がカクッと折れそうな
心もとない感覚があったが、痛みもまったくないし普通の正常な
歩行ができていた。
「まだ、慣れていないから、そのうち慣れると思うけど」

寝室から入る外の日差しが気持ちよくて私の晴れやかな心と
ぴったりだった。
「足が良くなったら出かけたかったところがいっぱいあった」
「でも、まだ無理しちゃいけないか」

私はこの奇跡のような治療をしてくれた男性をこれで終わりに
してはいけないと感じて「また調子が悪くなったり、しばらく
定期的にかかったりしたいときはどうしたらいいですか」

私はその男性をじっと見つめた。
身長は私位で低く、かなり太っていて眼鏡をかけていた。
股関節が悪いような少し傾きのある歩き方が特徴で、現実には
会ったこともない中年の男性。
名刺を渡されて、名前は小千谷(おじや)さんと言った。
周りにいた女性の顔は覚えていないが、その男性の顔は目覚
めた後でもはっきりと記憶に残った。                      

                          

私の夢を叶えてくれた夢。                                        

                                     

TVでは医療関連のドキュメンタリーを扱う時、「奇跡の」とか
「感動の」とか「最強ドクター」という言葉をよく使う。

若すぎて今はできないと言われた「人工関節」
時期を逸してると言われた「自家軟骨移植」
仮骨が形成され棒のように固まると言われた膝関節
痛みを止めるには関節固定術しかないと言われた足関節
軟骨が殆ど無い以上痛みがなくても以前のような活動は不可
と言われた歩行

私が最先端医療で奇跡のような回復を遂げられる日は
来るのだろうか。
歩くこと、足を交互に出して進むことが無意識にできる日が
来るのだろうか。

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2006年5月18日 (木)

馬と蛙

東京は今日も雨。こう雨続きでは、我が家で生き生きしている
のは庭の緑のみ、かも。                      

060518_1524001 子供の頃、社宅(職員宿舎)の鉄筋アパートの
4階に住んでいた。

アパートは2棟あって、真ん中をアスファルトの
道路が通っていて、両脇に平屋タイプの社宅が並んでいた。

平屋の社宅の切れ目はT字路で、右側に曲がると下り坂があって
商店街や小学校へ。左側に曲がるとやっぱり下り坂で
坂の下には大学の農学部があって畜産動物を飼っていた。

私はアパートの4階のベランダから、この道路を歩く買い物帰りの
母が重そうに袋を持って帰ってくる姿とか姉や弟が歩いてたり、
近所の子供達と自転車で走ったり、時折通り過ぎていく自動車
なんかを眺めるのが好きだった。                             

中でも、子供心に一番興奮したのが、農学部の馬の散歩だ。                    

アスファルトの上を歩く「カポ、カポ、カポ」という馬の足音が聞こ
えて、ベランダから馬を確認すると大急ぎでアパートの階段を
駆け下りて間近に歩く馬を見に行った。
子供から見た馬は、身体をそっくり返る程見上げても、どこまでも
高く大きくて、たまには滑らかな鼻筋をなでさせてもらえたりした。

大きくて迫力があるけれど、近くてみるとちょっと臭くて、よだれも
垂れている。そしてお尻からの落し物もボトボトと多かった。
それでも間近で見ることが大好きで楽しみにしていた。
馬と農学部の人たちは寄って来る子供達に少しサービスをすると
アパートの間を抜けて、アパートの裏手にある中学校のグランドの
土手をゆっくり歩き、そこから続く木立を抜けて農学部に戻って
いくらしかった。

馬の散歩はいつも定期的に決まったルートでしているわけでは
なかったようで、そうやって運良く会える時もあれば、点々と道路に
散在する馬の落し物で、「あぁ、散歩に来たんだ」とわかることも
多かった。

そういう時の私は未練がましく、馬の落とした黄土色の巨大な
物体に対しても愛着をもって前にしゃがみ、じぃ~っと観察して
時には木の枝でつつきながら、「コレは草でできてるの??」
なんて事を思ったりして楽しむ少女だった。

          

ある日もベランダからいつものように道路を眺めていたら、
ちょうどT字路の手前のあたりで例の馬の落し物を発見した。

馬の散歩が知らない内に通り過ぎたのは残念だったけれど、
大喜びで確認しに駆けて行った。途中で突くための枝を探すのも
怠らず。                                        

                

ボテっと落ちている巨大な黄土色の物体を枝で突こうと思った
その瞬間、                                                

・・・動いた!                                         

             

それは巨大なウシガエルだった。(と思う・・)                                     

                                                    

          

うわぁぁ~~ぁ~~

          

それ以来、馬の落し物を避けて歩くようになったのは言うまでも
ありません。

雨の季節は蛙の季節。
そして未だかつてアレ以上の巨大な蛙は見たことありません。

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2006年5月17日 (水)

肌寒い日の冷え対策;下肢編

沖縄は既に梅雨入り。東京もこのまま梅雨に突入するのでは
ないかと思う位、肌寒い雨まじりの日々が続いている。

膝を悪くして筋肉がやせたため、右足は慢性的に冷え冷えして
いる。夏でも左右差があってヒンヤリ。関節は逆にホカホカ。
主にふくらはぎの冷えが強くて、そのまま街なんか出て活動
するとふくらはぎを切られるような痛みが出てきたりすることが
あった。
思うに活動と血流が追いつかず、ふくらはぎが悲鳴をあげている
のかな、と。

漢方薬でだいぶ改善したけれど、数年前からレッグウォーマー
を愛用している!
もともと緩めに編み上げているものなので、足がむくみやすい
私でも跡がつかないし、温かいし、指先が寒いときは靴下も履く
けど、夏場で指先が蒸れたり暑くて靴下はうっとおしい時でも
ふくらはぎだけ温めてくれるので、快適。
今では猛暑でない限り寝るときも右足だけはレッグウォーマーを
しているし、夏の冷房対策にも欠かせない。

特に夏の冷房はテキメンに冷える。デパートを歩き回ったり、
飲食店でじっと座っているとそれだけで「寒、寒~」となる。
去年、クールビズが盛んに叫ばれていたので冷房の寒さ改善に
期待していたけれど、思ったほどでもなかったような気がする。
夏でもパンツの下に薄手で短め丈(ふくらはぎピッタリサイズ)の
レッグウォーマーを履いていた。

レッグウォーマーの素材や厚さ、丈は種類が豊富。
基本は膝下を締め付けすぎないゴムがきつくないルーズ系が
お勧め。ふくらはぎを温めても膝下で流れを止めてしまっては
素も子もない。トレーナー素材、伸縮性のあるモヘア素材、
いろいろあるけれど、使用してみて一番いいのはやっぱり
普通に厚手の毛糸かな。
今は厚手のモスグリーンと、薄手の短め丈の黒を愛用。

                    

・・・ところがだ、
去年位、体重をかけると足が痛いということになってから、
レッグウォーマーを別の用途で活用するようになった。

                             

ルイルイ♪ 

         

知っているかな?
今となっては知っている人、少ないだろうな・・・(年代バレるし)                  

          

こんな移動の仕方はきっと腰にも股関節にも良くないんだろうな
と思いながらも、ちょっとつかまるところがない場所で急いで移動
したいときとか、一歩二歩の踏み込みもツライ時に、太川陽介の
「Lui-Lui」のように腰をふりふり足を横にずりずりして移動。

この時のレッグウォーマーの滑りが良くて移動が楽だった。
そんな使い方をしているために、レッグウォーマーがワンシーズン
で駄目になってしまう。

そして気づけば季節は春。
・・・もう靴下売り場には売ってない。
・・・自分で編みますか。 
ま、こんな風にいろんな用途に使えて非常に重宝している。                                 

肌寒いせいで、さっきからごま猫はひざ掛けをしている私に密着。
左腿だけホンワカ温かい。

アナタの毛皮が羨ましいわ・・・

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2006年5月16日 (火)

油断してると腹がでる

日課としてなるべく続けようと心がけていることがある。
それは午後2時から始まるケーブルTVのエアロビクス30分。

日々プログラムが違って、初心者向けのステップ重視とか
ヨガとかキックボクシングとかダンベルとかいろいろある。
もちろん、プログラムによっては無理なものもあるし、そもそも
悪い方の足に体重をかけられないので、下半身は気分のみ
参加。上半身と姿勢と呼吸で有酸素運動もどきを続けることに
意義を見出しているので、別にいいのだ。                                  

関節に故障を抱えている場合、体重管理が重要なのは以前に
も述べたが、今までは大きな変動はないもののじわじわと
増えて「あれ、Gパンがきつい」とか「身体が重いし、足にぐっと
きてる」という自覚で、食生活(特に間食と食事時間)を注意して
摂取カロリーに気をつけて、できる範囲の筋トレやエアロビで
代謝をあげる、という方法で体重を戻してきた。
ダイエット食品や偏った食事、極端な摂取制限は理に反する
のでやらない。規則正しい栄養バランスの良い食事とカロリー
消費で少しずつ減らすというのをポリシーとしている。
体重計も一日2回は乗ることにしている。
今のとこ、すっきり減らないのでため息ばかりだけれど。

                                             

昨年の夏は予想に反して、あと一歩でベスト体重というところまで
痩せることができた。
昨年は仕事を辞めた年だったので、自宅の生活だと運動量が
圧倒的に減ることに危惧を抱いていたのもあるが、そのため
この午後2時からのエアロビを必須にしていた。
そして代謝が悪い体質をなんとか改善したくてエアコンもなるべく
つけないようにしていた。
午前中は家事をしているだけで、ぼとぼと汗がでるようになり、
午後もエアロビでぼとぼと汗を流す。
もともと昔から汗はあまり出ず、出てもさらさらのぼたぼた汗では
なくて、じっとりベタベタの不快な汗なので、余計に極力汗を出さ
ないように気をつけていた。
だから、久しぶりのぼとぼと汗で、「汗をかくって気持ちいいなぁ」
と実感した。                                                 

しかし、この夏の体重減少はお盆の帰省のごちそうで元に戻り、
食欲の秋と冬の食事時間の乱れであっという間に増加寄りに
なってしまった。現在はすっかり振り出しに戻っている。                             

この私がつかの間浸った、“幸せの活発な新陳代謝”体質を
未だに保っているのがオットである。

そのせいか、体型も背が高くてすっきりとしていて、その細身を
結婚してからも保っている。
義父も同じなのでそういう体質なんだろうと思うけど、うらやま
しい限り。
そんな風に自然に得られている体質と体型にちょっぴり嫉妬すら
感じる私だったりする。                                     

                             

昨夜、オットが帰宅すると、

「あ、そうなんだよ。これが今日壊れたんだよ」

渡されたのは皮のベルト。
バックルは通常よく見る四角い金属の枠ではなく、金属の
四角い板状で、内側にベルト穴をとめる突起のついている
ちょっと変わったデザインのベルトだった。
そのバックル部分がベルトと連結している金属部分から、
もぎ取られたようになっていた。                                                 

「!! 金属なのにこんな風に取れるもんなの?
どうしたの、コレ!?」                                     

                                                 

朝、それはラッシュ時に起こった。
ラッシュ時の満員電車に乗り込むときは、背中から後ろ向きに
身体を押し込むのが基本。
オットもぎりぎり乗り込んで、片手でドアの内側上方をつかみ、
爪先立ちのように足の置き場もないようなところにかろうじて
立った。
後は閉まるドアで無理やり押し込められるのを待つ、そんな
体勢だったという。

プシュ~~(閉まるドア)             

と、同時に

                                 

パキン!                                      

                          

カラン、コロン、カラン、コロン!!                               

                        

・・・・・・・・(゜Д゜;    

         

ドアの向こう、何かを覗き込むホーム上のおじさん。 
無情にも発車する電車。 
恥ずかしいやらびっくりするやら呆然とするオット。                      

                                               

というわけで、バックルがドアにはさまれ、はじけ飛んだと
いう事だ。                                              

                         

ぶぁっはっはっは!(^▽^)

「つまり、それは身体の中で腹が一番出てたってことだよねー」                     

                                                

「それは違う、体勢のせいだ」と激しく主張するオットを思い出し
つつ、“油断大敵”を胸に今日もエアロビを真剣に行った妻なの
でした。

                           

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2006年5月15日 (月)

ひとり沈黙療法の一週間

正直ほっとする、何の予定もない一週間。
先週に外出やいろいろな手続きや連絡業務なんかの予定が
詰まっていた為か、今週は余計何もないことが嬉しい。

足の調子が悪くなってからというもの、すっかり活動も性格も
インドアに変わったと思う。

幼少期は活動的な一つ上の姉が大好きでよくくっついて回り、
探検隊ごっこやピクニックごっこや木登りや劇なんかして遊んだ。
姉が小学校に上がって日中一人になると、実は一人遊びも
大好きなインドア少女に大変身。
無口も平気だし、家にこもっているのも平気。絵を描いたり
家の前のグランドで大の字に寝て空想の世界に入ったりして
いた。

そんな幼少期の過ごし方が顔にでるのか、私の第一印象は
だいたい決まって「おとなしい」人で、高校の部活の仲間から
つけられたあだ名は「ムヒョ」(無表情)だった。                                

                             

声帯を酷使すると声帯にぽちっとポリープができることがある。
治療は全身麻酔によるポリープ除去術だ。
こう書くと「全身麻酔で手術?」とビビる人もいるかもしれないが、
場所が場所だけに、ポリープを採る器具を入れると反射が
邪魔して操作できないので、全身麻酔をかけて反射を止める、
ただそれだけのこと。手術時間自体はほんの数分だし、採って
みればゴマ粒~米粒半分位のかわいらしいモノばかり。

準備をして手術室に入室して、いろいろ血圧や心電図やモニター
類を装着して、麻酔をかけると「はい、お願いします。始めます。
・・・・・・じゃ、終了」という慌しい手術なので、ある意味看護師
泣かせの手術だったりする。手術記録書いている間がない(泣)

そんな声帯ポリープ除去術後の最大の注意点